「それでね、こちらからはたけば、簡単に攻撃の方向は逸れちゃうんだ。

 力なんて、全然なくたって大丈夫」

「…おお…」

突き出させた腕に沿うように内側から腕を伸ばして、真横からぽんっと弾いてやると、

カリムは驚いたように目をしばたかせた。

「こんな簡単な単純なことでいいのか…」

「ただし、タイミングは重要だよ。…と言っても、カリムは音楽好きだからね。

 タイミングとかリズムみたいなのは得意分野なんじゃないかい?」

「戦闘中に、とっさのとっさでそんなこと考えられるかァ?」

「そこは慣れだよ、慣れ」

「お〜い、なんだよ二人共。二人だけで仲良くしちゃってさ!俺も混ぜろ!!」

「ぐっ!?」

突然現れたレッカが横から突撃してきてカリムにラグビータックルを食らわせてキレさせたため、

本日の『フォイェン先生の護身術講座』はそこでおしまいになった。



          青色のデリューション 




「ふざけんなまじふざけんな!!」

「はっはっは。まあそう怒るなって☆」

「電話はもういいのかい、レッカ?」

今日の授業は6限だけど、最近この学校に来るのが楽しみな私は、フライングして5限からやってきている。

この5限はレッカもカリムも空き時間なので、カリムが補講で忙しくないようなら、

一緒に勉強したり駄弁ったり出来るようになったからだ。

今日は珍しくカリムの補講がなく、私達は6限の能力実習の前に既に運動着に着替えて、

グラウンドの空き場所でキャッチボールなぞやりながら、のんびりおしゃべりとしゃれこんでいた。

そこで、レッカに学外から電話が入ったと放送があったので、彼はしばし席を外し。

生真面目なカリムが『この暇な空き時間で出来るような、何か簡単な体術はないのか』と聞いてきたので、

私達は二人で時間を潰していたわけなのだが。


あれから、カリムとは随分打ち解けたと思う。

課題のことで相談を受けることもぽつぽつ増えてきたし、他愛ないお喋りもしてくれるようになった。

クラスメイトに『あんたあいつと随分仲いいよな』と興味半分イヤミ半分で言われた時には、

思わず満面の笑みで『そうだね、仲良くなったんだ!』と言ってしまった。

その子には若干引かれたし、それを知ったカリムには

後でさんざんふくらはぎにケリ入れられたけど、気にしない。

なかなか懐かない猫がとうとう懐いてくれたみたいで、お兄さん嬉しいよ。

「…何ニヤニヤニタニタしてんだよ。キモくてきめェぞ」

…口の悪さは相変わらずだけど。


「んで!電話の話だな!?孤児院のシスターとおしゃべりしてたんだ!

 時々、俺の空き時間のタイミングで、俺や他の孤児院仲間の様子を聞いてきてくれるんだぜ☆」

「…いつも楽しみにしてんだよ、こいつ。スミレさんだっけ?いちばん仲のいい…」

「ああ!!シスター・スミレはもう俺の母親みたいな人だからな!大好きだぞ!!」

「うるせェマザコン」

「男は皆マザコンなんだぜ☆」

「俺は違うわクソが」

「まあまあ。キャッチボールの続き、しようか」

あまり両親と仲が良いと言えないカリムに気を遣ったつもりだったけど、魂胆はバレバレだったみたいで、

「余計なんだよ!」と足を踏まれてしまった。
    もちあじ
折角の優しさが台無しなので、早めに直した方がいいな、この足癖。




「レッカはすごいね。

 最初、彼の家族の話を聞いた時、私、『やっちゃったな』って思ったんだけど…。

 いつも明るくて、今ある環境をとても大事にしててさ」

6限の授業が終われば、部活動に入っていない私やカリムはしばしフリータイムになる。

と言っても、カリムにとっては今日出された課題をやっつける時間なので、

私達は間食にパンや飲み物なんかを用意して、食堂で勉強とお喋りをすることにした。

ここの購買のスモークサーモンのベーグルサンドはとても美味しい。

鮭とタマネギとドレッシングのハーモニーが絶妙だし、飲み物とセットで買うと安くなるのがまた嬉しいところだ。


「…早く教会に帰らなくていいのかよ?」

「早く帰っても遅く帰っても同じだよ、門限だけ守れば」

「どっか行きたいとことかねェの?」

「図書室とかは利用してるよ」

「そうじゃなくて……もういい。で、何?レッカ?レッカが何だよ?」

軽く頭を抱えたカリムが話を元に戻す。


「そうそう。レッカはいつもあんな感じ?」

「『あんな』が何を指してるのか、俺にはよく分からないけど…。レッカはいつもレッカでレッカだ」

クロワッサン(一見プレーンに見えるが実はシロップがかかっていて甘いもの)をかじりながら、

カリムがまっすぐな目で言い放つ。

ちなみに、横に置いてあるミルクティーの缶も、やたら甘くて有名なやつである。

こういう嗜好をコソコソ隠さなくなってくれたのも、なんだか嬉しい。


「…カリムは、この学校に来てまだ4ヶ月くらいなんだよね?」

「何だよ。あいつのこと語るには短いだろって言うのかよ!?」

「まあ、短いね。でも、悪い意味で言ったんじゃないよ。

 気が合う人は、仲良くなるのに時間とか関係ないんだねって意味で言ったんだ」

血気盛んなお年頃の少年のパンチを受け止めてから、誤解を解くように優しく言い聞かせる。

どうも自分は結論を後にしすぎてカリムを勘違いで怒らせてしまうことが多いようなので、

ちゃんと真意は伝えないといけない。

「ちなみに、私達も出会って1ヶ月くらいだよ」

「知らねェよ」

手厳しい。


「…レッカは、いつもああだ。時々ムカつくけど、いつも太陽に向かって一直線で…。

 時々心配になるけど、すげえなって思う」

「素直にそう思える君だってすごいよ」

「あァ?バカにしてんのか?」

「違うって。クラスメートの子なんかそうでしょ。

 君のこと、素直に『すごい』って言える子、レッカ以外にどれだけ居る?」

そう言ってやると、カリムが神妙な面持ちで振り上げかけた拳を下ろす。

「…嫉妬だとか、諦観とか。出る杭はどうしても打たれてしまうよね」

「…レッカは、ああでああだから。

 クラス内だけじゃなくて、他のクラスのヤツも、レッカの背中見てたら、大丈夫だと思える。

 そういうヤツなんだ」

「皆を引っ張ってくれるタイプなんだね。

 けど、それはいつもその後ろに、彼が『時々心配』な行動をしても

 何とかしようとしてくれる誰かさんがいるしな、っていうのがあるんじゃないかな?」

「さっきから何なの媚売ってんの」

「売ってないよ。もう、素直に喜んでよ。私、レッカもカリムも大好きなんだよ」

「うぜェ」

「耳赤いよ」

「っ!!」

顔面に食べ終わったクロワッサンの袋を投げつけられた。

ダメージはないが、袋に残っていたパンくずが大量に周りに飛び散る。

「ヒマ人ならそれ片付けとけよ。俺、そろそろ部屋帰るから」

「い、意地悪!!」

私の情けない顔を見て、ククッと喉を鳴らして白い歯を見せてカリムが笑う。

…そうやって笑ってれば、歳相応でかわいいのになあ。いちいちトゲトゲしなくていいのに。

まあ、大人になれば段々落ち着いてくるだろうから、そんなに深刻に考えてはいないけどね。


「…次は月曜か?」

「ん?…うん、週明けだね、次に私が来るのは」

そうだ、土日が挟まるんだ。

…折角仲良くなってきたんだし、ここらでもう少し親交を深めてもいいのではないだろうか。

「ねえ、土曜日、時間ないかい?」

「ねェよ。課題やる」
                               うち
「この学校でも、いつも聖堂でミサをやると思うけど、第1の大聖堂でのミサはもう圧巻だよ。

 先生に届出をすれば、学校じゃなくて他の教会でのミサにも参加できるはずだけど。

 丁度私も休みだから、案内できるよ。どうだろう?」

めげずにお誘いすると、椅子から立ち上がってすっかり帰る体勢だったカリムが、再び椅子に座りなおした。

「大聖堂か…」

「うん。別に、今週でなくてもいいんだけどね。一度、どうかなって。

 その後、君達が私にやってくれたように、私が第1を案内したりしてさ…。どうでしょう?」

「……レッカに聞いてみる」

うん、これは多分好感触だな。

レッカも用事さえなければ、多分このイベント自体には興味を持つんじゃないかと思う。

運がよければ大好きな大隊長とかにも会えるかもしれないし。


「ちなみに、レッカは何部だっけ?」

「さあ…。あいつ、特定のとこじゃなくて、色々あちこち運動部回ってるから。今日はどこのどの部にいるのやら」

「補講がなければ、カリムも何かやりたい部はないの?全然雑談でいいよ」

「……聖歌隊…は、興味なくもねェけど」

「ああ、カリムは音楽好きだもんね。分かる分かる」

私が肯定すると、カリムの仏頂面がふわりと緩んだ。

「ミサも、ずっと聖書の小せェ字に向き合ってるのはしんどくて辛いけど、賛美歌の時間は嫌じゃねェ。

 まあ、歌より楽器の方が好きで好みだけど。一応、ピアノもそこそこ弾けるし…。

 ていうか、この学校、そもそも吹部とか軽音部ねェから、選択肢がそれくらいしかねェんだよ。

 …あとは…理科は好きだから、科学部とか?」
               ちから
「デフォルトで魔法みたいな能力が使える人が??」

「たらればの雑談でいいっつったろ!」

額にチョップされた。

ちなみに、避けようと思えば幾らでも避けられるんだけど、

こういう友達同士のじゃれあいにそんなヤボなことはしない。


「じゃあ、夜ご飯の時にでも、レッカに伝えておいて。あと、これ連絡先。

 この電話番号にかけて、『神父のフォイェン・リィをお願いします』って言ってくれれば、

 受付のシスターが呼び出ししてくれるから」

「分かった。レッカにかけさす」

「カリムがかけてくれてもいいのに」

もう一発チョップを頂いてから、私達は別れた。


電車に乗って第1に戻る間、果たして今日、どんな様子であの子達が私を呼び出してくれるのか、

楽しみで仕方がなかった。

同僚達とか、あの子達が教会に来たら、どんな顔をするだろう。

そういえば、カリムはいつか第1の兵器開発室に行こうとしてるんだったな。

そこを周ってもいいけど、その間レッカが暇になっちゃうか。

レッカはトレーニングルームとかの身体を動かせる所の方が喜びそうな気がする。

すっかり土曜日が楽しみになって、私はうきうきしながら寮に帰宅したのだった。




「ってなわけで、お邪魔しま〜〜す!!」

「…お邪魔します」

というわけで。

朝から元気いっぱいのレッカは、少年らしい赤と白のボーダーのパーカーにジーンズ。

キャップやリストバンド、スニーカーといったアイテムが、これまたスポーツ少年っぽい。

けだるい雰囲気のカリムは、私のカソックにも似た真っ黒な膝上までの長い丈のハイネックフリースに、

細身のパンツ、それにローファー。多分、教会ってことを意識して揃えてきたんだろう。

シックなスタイルなので、唯一やんちゃな要素である首にかけたごつめのヘッドホンが印象的だ。

それに加えて、二人とも、しっかり経典と学校指定のクロスをポケットやバッグに用意していた。


「まあ、貴方達がリィ神父の学校でのお友達?」

「はい!!仲良くやってます!!

 今日はミサに参加して、あと、フォイェンが第1を案内してくれるって言うんで、見学に!!」

「まあ。礼儀正しいわね〜。今日はゆっくりしていってね!」

「は〜い!!☆」

レッカの愛想のよさはここでも健在で、受付のシスターはもうメロメロになっていた。


「カリムは大丈夫?緊張してるの?」
       ここ
「……別に。第1、前にも来てるし」

「あれ?そうなの?」

「ああ、貴方は例の『秘蔵っ子』さんよね?能力が発現した日のこと、記憶に新しいわ」

「…その際は、すみませんでした」

カリムが受付嬢へ深々と頭を下げる。


…そういえば、カリムの能力の発現した当時の様子って、又聞きにしか聞いてないな。

といっても、デリケートな問題だろうから、無理に聞きだすつもりはないんだけど。

「…以前ここに来てるなら、大聖堂とかも?改めて誘う必要なかったかな?」

「いや、来たのは焔ビトの家族とかが集まる事務室のロビーとか、

 大隊長の執務室とかだ。大聖堂は初めてだ」

やっぱり緊張してるのか、その当時のことを思い出してるのか、さっきからちょっとカリムの表情が硬い。

とりあえず、ミサ開始までまだ少しあるから、何か甘いものでもおごっておこうか。


「まだ時間があるし、食堂か中庭で何かおなかに入れようか?」

「おっ、賛成!!自販機とか購買はあるか!?」

「自販機もあるし、パンや軽食の移動販売の人も来るよ。…あ、ほら、クレープ屋さんのワゴンだ」

「そういうのも来るのか!カリム、何食べる!?」

「…ツナマヨ」

「あれ、おかず系?ほら、イチゴとかチョコバナナとか」

「ツナマヨったらツナマヨ」

…何だこの頑なさは。他所だから気を張ってるのかな。

別にからかうようなクラスメイトもいないんだから、好きなものを食べればいいのに。

というか、好きなものを食べて気が緩むところが見たくて誘ったのになあ。

「まあまあ、カリムにも気分があるからな☆俺はキウイカスタードにしよう!」

「じゃあ、私はこれにしよう、焼きりんご。カリムも一口」

「一人で食べてろ」

「食い気味で言うのやめない?」

とりあえず、3人で中庭のベンチに座って、焼きたてのクレープにかぶりつく。


「うん、うまい!!」

「カリム、本当に甘いのじゃなくていいの?交換する?」

「しつこい!!」

とうとうキレられてしまった。

「ごめんって、そんなに怒らなくても…」

「おっ、『雪の女王』じゃん!!」


――と。


そろそろいい時間なのか、大聖堂へ向かう人の波が増えてきて。

その中のカソック姿の3人組が、こちらに気付いて近づいてきた。

私とは別の部隊の…オニャンゴ中隊長の部隊の消防官だったかな。

「え?雪の…え?」

「……」

男所帯の私達の中で、まあいちばんその称号が似合いそうな子の方を見やると、

白い面の眉間にくっきりシワを刻んでいた。

「えっ、女王何でウチ来てんの?大隊長から呼び出し?」

「え、これがあのウワサの!?俺、お初だわ〜」

分かりやす〜くカリムの顔が歪んだ。今までに見たことないくらいのチンピラ顔だ。

「えーっと…『女王』…?」

「え、何、童話のヤツ知らん?」

いや、それは知ってますけど。

この女性っぽさからかけ離れたモヒカン少年に『女王』とかいう渾名つけるんですか。

それも、浸透しちゃってるんですか。

…それはキレたくもなるかもしれない。


「皆で何食ってんの?クレープ?」

「お、女王ツナマヨ?クレープなのに?」

ああ…頑なに拒否してた理由って、これかあ…。

学校内の一つ年上の同級生達にすら、隙を見せようとしないもんなあ。

「先輩達、カリムのこと知ってるんですかー?☆」

「おお、お前も神学校の子か?」

「はい、カリムの友達です!」

すっかり仏頂面のカリムに、レッカが抜群の人懐っこさで助け舟を出す。

「女王が能力発現した時、ちょっとした騒ぎになったからなあ。俺達、ちょうど出動してたから」

ああ、それは弱み握られちゃってるなあ…。

彼らとしてはそんなつもりはないのかもしれないけど、普段から、周囲と比べて知識や経験の浅いことだの

自分が人と違うことだの、とにかくコンプレックスを抱え込んでるカリムには、会いたくない類の相手かもしれない。


「二人とも、私の同級生なんですよ。うちの大聖堂のミサに興味がないかって、誘ってみたんです」

「おお、そっか!リィ神父、今改めて能力講習行ってるんだって?」

「そうなんですよ。この子達にはいつもお世話になってます」

いい感じに私の方に彼らの興味が移ってくれたようだ。

カリムがちょっと眉間のシワを緩めてクレープにかじりつく。

「お前ら、幾つくらい歳違うの?」

「私が23ですね。レッカが16歳で、カリムは冬生まれだからまだ14歳なんだよね?」

「おお、流石女王。冬生まれなんだ」

流石の意味も分からないが、本当に彼らに悪気はないようなので、なんとなく笑顔で取り繕っておく。

「そんな年下に混じって学校行ってるのか。ある意味すげえな、あんた」

「そうですか?」

「や、ちょっと気恥ずかしくなったりしないか?

 そりゃ堂々としてればいいんだけど、なかなか難しいもんじゃねえの?」

「フォイェンは俺達の同級生にも丁寧に接してくれてますよ!

 なんか生徒っていうより先生が一人増えたみたいです☆」

レッカがニコニコしながらフォローしてくれる。

うん、まあ、丁寧には接してるよ、大人だから。

あんまりしつこくカリムをいじめるようなら、流石に黙ってないけど。

「女王はどうよ?リィさんなら穏やかだし、話しやすいんじゃねえ?」

「……」

無言でクレープを食べ進めるカリム。

同僚達は少しアイコンタクトをしたりしてカリムの様子を窺ってるみたいだったが、

やがてミサの時間が迫ってきたので、皆で大聖堂へ向かうことになった。




「じゃあ、一般の方はここから後ろの席になるから。進行は大体学校と変わらないと思うけど…」

「うわあ、すごいな!!大きいし、綺麗で…。な、カリム!!」

「……おお…」

興奮するレッカと正反対に、どこか上の空な様子で、カリムは大聖堂のステンドグラス辺りを見つめている。

職員は時間前行動で半数近くが席を埋めているが、一般の方はまだぱらぱらとしか入ってきておらず、

席は選びたい放題だ。


「…どうかな?空気も違う?」

「ああ。…フォイェンは神父達の席に行くのか?」

「そうなるね。ミサが終わったら、集合しよう。迎えに来るからそのまま待ってて」

「オッケーだ!カリム、奥座っていいぞ」

「ん」

入った右側の端の席なので、一番奥をキープすれば、カリムの隣には誰も来ない。

さっきのこともあって、もしまた知り合いに会ってしまった時のために

守ってあげてるのかな…と、ちょっと思った。

とりあえず、レッカが側にいてくれれば安心だろうと、私も神父席の方に移動する。

席順というのは特に決まっているわけではなく、中隊長や小隊長が前の方の席というのを

守っておけば、あとは自由になる。

そのため、さっきカリムに声をかけていた彼らが、私の分の席もとっていたらしく、こちらに手を振っていた。

…ここで断るのも不自然なので、お邪魔することにする。


「すみません」

「や、いいって」

「どーよ、女王。ちったあ落ち着いたかな?空気も神聖だろうし、俺らとも離れたし」

おや、と思う。

さっきの様子を見るに、ちょっと空気が読めないというか、世代の違う部下に

合わない親父ギャグをぶつけて呆れられてる上司みたいというか、

しょうがない人達だなあという印象だったのだけれど…。

なんだか逆にカリムに気を遣っているようで、ちょっと彼らに興味が沸いてしまう。


「…滑ってましたね、変なあだ名つけちゃって」

「すべっ…おまえ、はっきり言うなあ!?」

私の隣に座るリーダー格っぽい男性が苦笑する。

「…あいつ、学校でどう?

 俺とこいつさあ、あいつが能力発現したとこ行きあっちゃってんだよねえ。

 あの時は、あいつも相当取り乱しちゃってたし…。本当はここ来るの嫌がってなかった?」

その隣の方とリーダー格の男性が、どうやらカリムの知り合いらしい。

3人目の男性はまた別の出動班でカリムとは初対面とのことで、

野坂と松田と名乗った二人の男性が、私と喋りだした。


「…そうですね。朝からちょっと、緊張してる感じはしましたね」

「ああ、やっぱり?もちょっとフランクにっつーか、気楽になってほしいとこなんだけどね〜」

彼らからはカリムへの純粋な厚意を感じられたので、私も胸襟を開いて話すことにした。

「カリムは警戒心が高めというか、私も打ち解けるのに少し時間がかかったので、

 あんまり気に病まないでくださいね」
                         ここ
「ああ、サンキュ。あいつ、絶対卒業したら第1来るじゃん?

 もしかしたらさっさと出世して、同僚どころか俺らの上司になるかもしれないし?

 いつまでもあの日のことでギスギスしててもさあ…なんかやじゃんなあ?」

「あのぅ。『あの日』って…?取り乱しちゃってたって、あの冷静なカリムがですか?」

基本的に『動のレッカ静のカリム』なイメージの二人なので、あの子がパニックというところまで

行ったとなると、相当のことがあったんじゃないだろうか。

まあ、ムキになりやすいところや意地を張りやすいところはあるけれど。

私と仲良くなったきっかけのあの時も、相当思いつめていたこともあって取り乱してしまったように感じた。


「…あんた、その辺、聞いてないの?」

「デリケートな問題かと思いまして」

「ああ、なあ…。じゃ、ざっくりだけ話すけど。

 あいつ、偶然焔ビトに襲われて、火事場の馬鹿力か能力が出ちゃって、

 そいつを氷漬けにしちゃったんだよ。そりゃもう見事に。

 ついでに、パニクって振り払った瞬間にガシャーンッて、『ソレ』倒しちまってさ。

 …コアごとパックリ、よ」

「…それは…」

思わず息を呑む。

生まれて初めての発動で、カリムは一人で鎮魂までしてしまったのか。

それはその場でスカウトしたくもなるな。


「…ころした、って。『俺が殺した?』って、心ここにあらずって感じで、ずっと呟いてたよ。

 バーンズ大隊長とかオニャンゴ中隊長がずっと付き添ってやっててね。

 『現場には神父もいて祈りも捧げられていたんだ、これは“鎮魂”なんだ』って、言い聞かせてやってさ」

「…あの子のご両親、喜んでたって聞きましたけど」

「ああ、それは聞いてるのか…。

 ホント、ヤベーよあの親。『人殺したかも』ってパニクってる息子に

 『すごいじゃない!あんた、才能あったのよ!消防官になりなさいよ!』だもんなあ…。

 枢機卿のお偉いさんとか、灰島なんかも『逸材だ!』ってすっかり興奮しちゃってたし、

 あそこで『俺は消防官になんかなりません』なんて、絶対言えねえわ」

…レッカじゃないけど、流石にそれは『かわいそう』だ。

ひょっとしたら、『消防官』というもの自体にトラウマを抱いてしまうかもしれないほどの大事件じゃないか。

それでも、たとえ流されてだとしても、必死に毎日勉強して、鍛錬して、消防官を目指すあの子が、

途方もなく強い存在に思えた。


「…それで、かる〜い感じで『雪の女王』なんて茶化して呼んでるんですか?」

「そ、かる〜い感じで。なんか不評っぽいけど」

嫌がってることは分かってるんじゃないか、この人達。

「年頃の男の子で『女王』なんてあだ名が嬉しい人って、あんまりいないと思いますよ…」

「え〜、じゃあ何だよ?雪女?ジャックフロスト?コロポックル?」

正直、どれも呼んだらキレそうな気しかしない。


「学校でも、いつも年上の子相手に舐められたくないみたいな雰囲気出してるんですよ。

 小馬鹿にしたり子供扱いするような感じだと、嫌がりますよ」

「ああ、そう…。あんたもそんな感じ?年上だけどさ」

「いや、最初はまあ、そうでしたけど…。慣れると野良猫が懐いてくれたみたいでかわいいですよ。

 ツンデレ?クーデレ?」

そう言うと、彼らはぷっと吹き出した。

「それそれ、そーゆーの!」

「はい?」

「いや、そのまま仲良くしてやってくれよ、あいつと。

 多分、あんたくらいゆる〜い感じで側にいてやってくれると、あいつも気楽だと思うわ」

多分、彼らも最近の私とカリムみたいな感じで仲良く喋りたかったんだろうな。

ちょっとカリムの気難しさと私のお気楽さが上を行っていたけれど。

いずれカリムがこの第1に就職した暁には、この人達はいい同僚や部下になってくれそうな気がする。

味方は多い方がいいよね。


「さて、そろそろミサ始まるかな」

「おお、本業本業。リィ神父、また話聞かせてくれよな」

「ええ。今日はミサの後、あの子達と遊ぶ予定なので」

「うわ〜、いいなあ、学生は」

静々と今日のミサ担当の司祭様が入ってきたので、私達は口をつぐんで経典を用意する。

後ろを振り向くわけにもいかないので、レッカ達の様子を知ることは出来ないけれど、

まあ、レッカがいれば安心だろう。

こういう安心感が、カリムの言う『レッカの背中見てたら、大丈夫だと思える』なんだと思う。

ハラハラさせられることもあるけど、『すごい』子だよね、うん。


さあ、ミサが始まる。余計なこと考えるのは中断しよう。

祈りをこめて、聖堂中の人々と一緒に、合掌をした。





「いやあ〜、やっぱり本場の司祭様は違うなあ☆」

レッカがう〜んと伸びをしながら笑う。

1時間のミサを終え、再び合流した二人は、なんだかすっきりした顔をしていた。

うん、誘ってみてよかったかな。

「学校の神父様だって本場だろ…」

「いやあ、でもやっぱり『あ、数学の先生だなあ』とかふっとよぎらないか?

 俺、サイモン先生とか当たると、いつもつい笑っちゃうんだよ☆」

「サイモン先生に失礼だろ」

誰かちょっと分からないが、サイモン先生に同情する。

「よく声とか音がよく響くよな。ステンドグラスの光もすごく透き通ってる感じで、神秘的で…」

音楽が好きだからか、カリムはそういう芸術的なところが気になるらしい。

「神聖な気分になるよね。

 勿論、地方の教会とか学校でも聖堂はあるけど、ここのは感じるものの強さが格別だよね」

なんて話してると。

ミサに参加していたらしい、どこにでもいるような年配のご婦人が、こちらにおずおずとやってきた。


「もしもし。…ごめんなさいね、貴方…幸夫高島をご存知ですか?」

「っ!!」

さあっと、カリムの顔色が変わった。

それまで友人と他愛ないおしゃべりをしていた子供の表情が、一気に消えてなくなった。

不穏な空気を感じて、思わず割って入る。


「失礼します、私はリィ神父です。何か御用ですか?」

「あ、ごめんなさい。その子が…あの、フラム君…だったわよね?

 ちょっと雰囲気が変わってたから…確信がもてなくて」

「…はい。フラムです。あの時は、どうも」

すっかり神妙な顔になってしまったカリム。

レッカの方に目をやると、少し様子を見る気のようで、腕を組んで真面目な顔で沈黙していた。

私もとりあえずそれに倣う。


「ごぶさたですね。今日はミサに?いつもは見かけませんけど…」

「…はい。いつもは学校のミサに出るんですけど…」

「学校…。貴方は確か、あの後神父を目指す学校に入ったのよね?」

…大体の状況は把握した。

つまり、このご婦人は――カリムが『初めて殺してしまった』焔ビトの遺族なのだろう。

確かに、『例の事件』の時にこの第1特殊消防隊にお世話になったのなら、

このご婦人の家もこの近辺なのだろうし、ここに毎週ミサに来ている可能性も低くない。

カリムの方も、その可能性を考えなくはなかっただろうが、この大聖堂に来る人数の多さを思えば、

こうしてばっちり鉢合わせてしまうことは殆どないと思っていたのではないだろうか。

すっかり青ざめて固まってしまったカリムの様子に、ご婦人の顔がしまったというように引きつった。


「あ、あの…お見かけしたので、つい声をかけてしまっただけで。

 そんなに警戒しなくてもいいのよ?ごめんなさいね、急に…」

「いえ、申し訳ありません。警戒ではないんです。こちらこそ不快にさせてしまって申し訳ありませんでした」

カリムの言葉は普段から柔らかいとは言えないけれど、ガチガチに硬い声からは、

明らかにメンタルに負担がかかっている様子が見受けられた。

「あの…申し訳ありません、この子はまだ、心の余裕がないみたいで…」

「っ、フォイェン!お前には関係ない!!」

つい庇うようにカリムの前に出てしまったら、ぴしゃりと厳しい言葉で遮られてしまった。

「…今、私は消防官を目指しています。消防官兼神父として、多くの焔ビトを救えるように。

 しっかり努力していくつもりです」

「あ、ああ…そうですか。いえ、あのね…。そういうことを言わせたかったわけじゃないんだけど…。

 ねえ、私、責めてないのよ?そんな顔をしないで。

 だって、貴方、消防官さん達と一緒に、焔ビトになったあの人を救ってくれたんじゃない。

 焔ビトになったら、もう鎮魂されるしかないんだから…」

すっかり困ってしまったご婦人が、ちらちらと私の顔を窺う。

このご婦人には、明らかに悪気もカリムを責める気もない。

本当に、ただ『以前お世話になった人がいるから、挨拶くらいしておこうかな』くらいの軽い感覚だったはずだ。

だが、その『以前のこと』が予想以上にカリムの心に深い傷を植えつけていて、

目の前でそれがぱっくり開いて、血が噴き出してしまった。

大隊長達がケアをして貼り付けていた絆創膏がはがれてしまったのだ。

私達ではそのケアをとっさにできない。

これではご婦人の方も、無抵抗の子供をいじめたような酷い気持ちで帰路に着くことになってしまう。


「――あの!申し訳ありません。お話は、また今度ということで。今日のところはお開きに――…」

またカリムに怒鳴られてもいい。でも、とにかくこの場を治めないと。

神聖な聖堂内だし、争い…にはなっていないけれど、トラブルはよくない。

ミサの後片付けの担当の方も、いつまでも私達がここに張り付いていても困ってしまう。

「すいませ〜ん、カリム、今はまだ、一生懸命頑張ってる途中なんです☆

 ちゃんと消防官になれたら、きっと胸を張っておばさんの『鎮魂してくれてありがとう』って気持ちに

 堂々と応えられるようになると思うから。

 それまでもうちょっとだけ、待っててやってくれませんか?☆」

「…レッカ、君は…」

ああ、今、本当にこの子がいてよかったと思う。

わざと明るく、能天気に、カリムの肩を抱きながら繰り出された言葉。

空気が一気に和らいで、ご婦人もほっと息を吐いた。


「そ、そうよね。ごめんなさいね、カリム君。

 あの…嬉しいわ、頑張ってくれて。あの人の命を無駄にしないでいてくれて。

 じゃあ、今日のところはこれで失礼しますからね。

 …あの、私、本当に、貴方を責めたりしたかったんじゃないのよ?神父になるの、応援してるからね」

「……はい。精進、します」

その言葉を皮切りに、そそくさと去っていくご婦人。

「…俺が、祈ったわけじゃないです。『鎮魂』したんじゃないんだ…」

彼女の小さくなっていく背中にかけられた消え入りそうな言葉を、私の耳は拾ってしまった。


ああ、この優しい子は、ずっとそれを気に病んでたんだ。

カリムは流されたり押し付けられたりして神父の道を進んだんじゃない。

――責任、だ。

カリムにとって、あれは誰がどう納得させようとしたって『人殺し』だった。

『鎮魂』という名で緩和しようとしたって、気持ちはどうにもならなかった。

その消してしまった命をしっかり背負っていく覚悟。無駄にしない決意。

そういう責任感で、この子はずっと動いているんだ。

だから、補講だらけの学園生活も、文句一つ言わずに歯を食いしばってついていくんだ。

あの日をただの『自分が初めて能力を発限した日』じゃなく、

『自分が初めて焔ビトを倒した日』として飲み込むために。

きちんと自分自身で、これから『殺して』いくであろう多くの命に祈りを捧げられるようになるために。

――『鎮魂』してあげられるように。

それは、14歳という年齢に似つかわしくない、悲しい姿だった。


立ち去る遺族に深々と頭を下げた少年に、最初にかけるべき言葉は――そう考えてしまった私は、

第一歩が遅れてしまった。

「よっしカリム!礼拝も終わったし、何して遊ぼうか!」

…流石というか、レッカの瞬発力は違った。

カリムの頭をがしがしと力強く(強すぎに)かき回すと、何事もなかったかのようにはしゃぎだす。

「あ、あそぶ?」

「だって、まだ11時だし、昼食にはちょっと早いしな。フォイェン、今日は施設を案内してくれるんだろ?☆」

「あ、ああ、うん。じゃあ、まずはどこに行こうか?」

正直、もうカリムを機関員に紹介どころの雰囲気じゃない気がする。

だが、レッカの様子を見るに、ここは何でもないふりをして、一緒に羽目を外した方がいいようだ。


「フォイェンの部屋とかどうだ!?」

「私の部屋!!?」

「…何だよ、何か変なおかしなモンでもあんのか?」

動揺する私を見て、ニヤリとカリムが笑った。

…笑ってくれるのはいいことなのだが、レッカと二人でいたずらっ子丸出しの顔で

迫られてしまうと、危機感を感じる。

「な、何にもないよ。むしろ、何にもなさすぎて人を招待するような部屋じゃないよ。来てもつまらないよ?」

「あー…確かに、何もなさそうだな。

 辛うじて本が積んであるくらいなんじゃないか?本好きみたいだし…」

「実は意外とえっちな本とか☆」

「私は現役の神職です!」

すっかり乗り気になってしまった様子の二人に、逃げられないことを悟る。


「トレーニング器具とか、すごいのが置いてあるかもしれないぞ☆」

「好きなアイドルのポスターとか貼ってたりな」

「あ、松田○子さんのカレンダーなら貼ってあるよ」

「ちょっ…幾つで幾つだよお前!?」

ケラケラ笑うカリムに、内心ほっと安堵の息を吐く。

仕方ない、可愛い後輩(同級生)のためだ、恥くらいかこうじゃありませんか。

涙を呑んで、寮に案内してあげましょう。


「ついでに昼食も買っていくかい?やっぱり食堂を経験したいかな」

「俺はどっちでも。レッカは?」

「食堂も混むだろうし、フォイェンの部屋でのんびり食べるか!カリム、なんか甘いもの食べようぜ!」

「…まあ、フォイェンの部屋ならいいか」

おや、そういうことなら、お兄さんも大いに協力しましょう。

「移動パン屋さんで美味しいフルーツサンドとか売ってるよ。

 チキンのサンドイッチとか、ボリューム系のメニューも多いし」

「じゃあ、それにするか。アイスとかはないのか?カリムは冷たくて甘いものが好きだぞ。かき氷とかな!」

「あー…今が10月じゃなきゃねえ」

雑談しながら購買に向かう。

折角の休日、気を取り直して、楽しい特別な一日にしたいものね。


「お菓子も買っていいよ。一人300円まで奢ってあげよう」

「遠足かよ」

「よっしゃあ☆カリム、シェアしようぜ!!」

いつもは居ない子供達の元気な声が、廊下に響いた。



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