最近、俺の身辺状況はめまぐるしく変わっている。

第二世代のためアドラ持ちではないことが残念な年下エリートクンのお世話係を言いつけられ。

伝道者としての活動がちょっとやりにくくなったと思ったら、今度は俺より7つも年上の同級生の

世話まで言いつけられて。

だが、幸いにも、この二人が結構馬が合ったようで、二人が仲良くしている間に

伝道者活動をするという選択肢が出来た。

さて、今日は折角板橋まで来たんだ。

後々の活動に力を入れるためにも、この機会に、この辺りをリサーチしておきたいんだよな。




        赤色のワンダリング




「だから、大丈夫だって。お前達はそっちのことやっててくれよ☆」

「それじゃあお前はどうするんだよ」

「だって、折角第1まで来たんじゃないか☆フォイェンだって、最初そのつもりだったんだろ?」

「まあ、そうだけど…」

「別に、急いで急いでない。特注にこだわらなくても、楽器はまだ色々試してるとこだし」

…とまあ、いい子ちゃんの友人二人が、俺を置いて二人で兵器開発室に行くのを渋っている。


そもそもフォイェンが俺達を誘ったのは、第1でのミサの様子を教えてくれる他に、

大隊長がカリムに『第1の機関員と武器を開発してもいい』と言っていたからだ。

フォイェンとしては俺も誘ってみんなで仲良く行きたかったらしいが、俺としては、

そういう自分に全く関係ないことに時間を割くよりは、個人行動をしたい。


「だって、俺細かいのとか小難しいのとか、頭痛くなっちゃうし、じっとしてられないんだよな☆

 適当にその辺ブラブラしてるからさ!二人で行ってこいって!」

「どうせならブラブラするのなら、皆でブラブラしようよ。

 レッカだけ置いていくなんて、出来ないよ。

 カリムだって、改めてまた来たいって言ってるんだから、用は今日じゃなくてもいいんだよ?」

「いや、また来たいとは言ってねェ」

「言葉のアヤじゃないか。

 ちょっとカリム、ここ私の部屋だよ。埃が舞うからそれやめてね」

カリムにぼふぼふ枕で叩かれて、フォイェンが抗議する。

ちなみに、フォイェンの部屋は自分で言うように人を招くような準備のある部屋ではなかったので、

俺とカリムはベッドに、フォイェンはベッドに程近いデスクの椅子に腰掛けている。

食べ物はベッドボードの棚やデスクの上を片付けて置いた。


「埃が舞うほど掃除サボってんじゃねェよ」

「サボっ…、週に一・二度くらいはやってるよ、酷いなあ。

 今日は君達が来ると思わなかったから、夕方にでもやる気だったんだよ…」

「は?週一??」

「社会人の男なんて、そんなものですぅ。働いてると、休日くらいしか余裕がないの。

 カリム、もしかして毎日やってるの、あの詰め詰めスケジュールで?」

「片付いてないと、なんかモヤモヤするだろうが」

「だから余裕ないんだよ、君…」

「うるせェ!!」

枕を取り合ってわちゃわちゃやってる編入生コンビ。

基本的にパーソナルスペースが広くて、最初は一度引いて他人を観察したがるケがあるカリムだが、

フォイェンとはもうすっかり距離を詰めて話せるようになったらしい。

俺やバーンズ大隊長とかにも懐いてるし、心のどこかでは自分より年上の大きい存在に

甘えたいんじゃないだろうか。

まだまだ14歳だもんなァ★

いつも背伸びして気を張ってる奴なので、そういうとこを見ると、ちょっと安心したりもする。


「はいはい、いちゃついてないで☆結局、どうするんだ?

 折角の機会なのに、二人はどうしても開発室に行かないのか?」

「いちゃついてはいねェよ」

「おや酷い。でも、レッカ、本当に、今日は三人で周る気でいたんだよ。

 レッカが着いてこないって言うのなら、開発室は今度でいいよ。一緒に遊ぼうよ、たまには。ね?」

まるで小学校の先生みたいに諭されてしまうと、これ以上粘るのも難しくなってしまう。
        ここ
うーん、折角板橋まで来たのになあ★

だが、あまり不自然に単独行動を取って、今後怪しまれでもしたら困るものな。


「分かったよ。今日は皆で遊ぼう!」

「…ん」

「うん、そうしようね」

どこか安心したようなカリムの様子に、ちょっとだけ罪悪感のようなものがうずく。

しっかりしてるようだけど、よくよく見てるとまだ子供っぽいとこあるんだよな、こいつ。

俺のことを内心兄のように慕って、カルガモみたいにちょこちょこ着いてきて。

本人曰く『お前がいつ暴走するか心配なんだよ!』だそうだが、俺は目的のために突っ走ってるのであって、

四六時中暴走してるわけではないと思うのだが。

まあ、仲良くしておくと周りからの評価も上がるし、俺自身もカリムに慕われて悪い気はしない。


フォイェンは正直まだ底が知れないところがあって、今後の伝道者の任務などに支障は出ないか

心配なところだが、カリムの方は信じたらとことん信じる、裏のないまっすぐな性格だ。

たとえ俺の正体を知ったとしても、『何か理由があったんだろ?』とか『利用されたのか?』とか

明後日なことを言って、最期まで俺を信じてくれそうだ。

俺の全てはもう太陽神に捧げられているというのに。

太陽神がYESと言えば、俺は自分自身もお前のことも、いくらでも犠牲にできるというのに。


ああ、お前が俺と一緒に伝道者になってくれたらな。

お前の純粋さなら、きっといい信者になれるだろうに。

だが、それを打ち明けた時、その正義感で俺ごと全面的に否定されてしまうことも考えられる。

うーん、本当に難しいところだ★


「じゃあ、どこに行きたい?学校にあるようなものは、ここにも揃ってるよ。

 大聖堂に図書室、資料室、音楽室にトレーニングルーム…」
     おれたち
「どこまで一般人が入っていいんだ?☆」

「君達は大隊長とも面識があるし、来年…いや、半年後にはここで生活することになるだろうから、

 一般市民の方よりは融通が利くと思うよ。私の部屋にも来れたでしょう?」
     
「そりゃ、保護者同伴だからだろ」

「保護者なの、私?なんだか距離が遠いなあ」

「いちいちうるせェ」

じゃれてる二人はおいといて、と★

うん、フォイェンの言うとおり、来年度からはここが活動の拠点となるわけだからな。

効率よく神父と伝道者の二重活動ができるように、早く慣れておかないとだよな。

                     うち
「じゃあ、適当にぶらぶら周るか☆学校の誰よりも早くここに詳しくなっちゃおうぜ、カリム☆」
                         ココ
「気が早くねェか?それに、本当に確実に第1に入れるわけでもないんじゃねェの?

 こっちが希望したって、熱望したって、他の隊に配属されるかもしれないぞ?」

「カリムは確実に第1じゃない?あれだけ大隊長が色々目をかけてくださってるんだしさ。

 レッカも首席だし、第1を希望するんでしょう?」

「勿論だ!あの大聖堂で働けるなんて、神父として誉れ高いじゃないか!?

 カリムだって、あそこで自分がミサ当番とかやれると思ったら、興奮しないか!?」

「興奮はしねェよ。え、そうか、フォイェン、いつもあそこで経典読んだり懺悔聞いたりしてんのか?」

「一応ね。現場に出る日と出ない日があって、出ない班の人はこの教会の運営に回るんだ。

 勿論、応援要請がかかったら内当番の日でも出動するけどね」

「ふーん…」

カリムのフォイェンを見る目が『同級生』から『大人』を見る目になっている。

学校では態度は砕けてるし、あんまり大人ぶらないし、顔もまだ学生でも通りそうな感じなので、

そんなに実感湧かないけど…そういや現役の神父様なんだよなあ、フォイェンて。

なしくずしに、そのまま『先輩』への質問タイムに突入する。


「初年度はあんまり現場とか行けねェのか?」

「むしろ現場に連れて行ってもらって一通りの研修、あとは避難誘導とかからスタートなんじゃないかな。

 カリムは例外としてすぐにサポート要員として働かされそうだけど」

「うーん、焔ビトの鎮魂が出来るようになるのは、まだ先かあ…☆」

俺がガッカリしてるように見えたのか、カリムが自分の食べかけのチョコ菓子の袋を差し出してきた。

折角だから幾つか頂いておく。


「…そんなワクワクするようなもんでもねェだろ、『鎮魂』なんて…」

この中で唯一焔ビトを自らの手で下したことがあるのは、恐らくカリムだけだ。

フォイェンはずっと無能力の神父だったから、祈りを捧げることしか経験してないだろう。

「…でも、最後までしっかり責任を持って送り届けてあげたいよね。ねえ、カリム?」

「何が言いたい?」

「ねえ、悪い方に取るのやめない?私、カリムにはちゃんと好意MAXで当たってるよ?」

「まだまだだなフォイェン☆俺くらいにならないと、カリムは心を開いてくれないぞ☆」

「別にお前にも開いてねェよ」

今日も今日とてツンデレ発動か★

俺は慣れてるし、本当は誰よりも俺のことを親友だと思ってくれてるのは分かっているので、

別になんとも思わないんだが。

慣れない人は、この最初のツンがとてもきついらしい。

さっき大聖堂で会った先輩達も、困ったようにしてたなあ★

フォイェンは神父の席で彼らと何か話していたようだし、フォローとかしてくれただろうか。


「そういえば、さっきの先輩達はフォイェンとは違う小隊の人なのか?」

カリムとしてはあまり触れられたくない話題かもしれないが、他にたいした話題もないし、話を振ってみる。

「ああ、彼らね。オニャンゴ中隊長のところの人だよ。私より2〜3歳くらい年下だと思ったけど。

 オニャンゴ中隊長は知ってる?」

「大隊長の右腕的な人だろう?有名人だよな☆

 学校には来ないから俺は馴染みがないけど、バーンズ大隊長が学校に様子見に来る時とか、

 ここを預かってるんだろ?信頼されてるんだなあ☆」

「現在最古参クラスの人だからね。カリムは会ってるんだよね?」

「…ああ。ここに最初に来た時に世話になった」

案の定、カリムの口は重い。

「ふーん。じゃあ、会ってみたいな☆」

「はァ!?」

「だって、特に『これ!』といったやりたいこと、ないんだろう?

 だったら俺は、折角だからその中隊長に会ってみたいな☆

 もしくは、誰か本場の消防官と戦ってみたいなあ!立派な能力訓練用のコートがあるんだよな、ここ!?」

「ただの学生がそんなこと出来るか!!正式な見学でもないのにっ」

カリムがキレて枕をボフボフぶつけてくる。

だって、三人で遊べれば、俺は内容は本当に何でもいいからなあ。

だが、折角ならコネというか、いずれこの第1に配属になった時用に知り合いを作っておくのはいいと思う★

中隊長のような、立場のある人ならなおのこと良い。


「中隊長も寮暮らしなのか、フォイェン!?部屋はどこだ!?」

「フォイェン!答えなくていいからな!」

「答えても大丈夫だよ。

 残念ながら、オニャンゴ中隊長は配偶者がいらっしゃるので、外から通ってらっしゃるよ」

「う〜ん、残念☆」

俺がこんなに残念がっているのに、カリムはホッとしたような顔をしている。裏切り者め★

「…まあ、いい人だったよな。

 俺のこと、『私にも君より少し下の孫がいて、その子も能力者だから、他人事だと思えないんだよ』って…

 時間が許す限り一緒に居てくれた。

 あと、孫感覚でやたらめったらお菓子くれた」

「そうだね、面倒見のいい方だよね。

 ちょっとおちゃめな砕けたところもあるし、顔も広くて、皆から慕われているよ」

いい子ちゃんズがここまで言うからには、さぞ『いい人』なのだろう。

いずれ会った時には、しっかりご挨拶しておかねば★


「じゃあ、代わりに大隊長に会いに行こうか☆」

「輪をかけて無理だろクソが」

「カリム、お口が悪いよ。無理には同意だけど。大隊長は『代わり』にはならないでしょ…」

「じゃあ、何するんだ!フォイェンの部屋は本当に何もなくてつまんないぞ!」

「ひどい!先にちゃんと『何もない』って言ったよね!?」

ちょっと涙目なフォイェンにも、カリムがそっとお菓子の袋を差し出してやった。

カリムはこういう面倒見がとてもいいんだが、その辺がなかなか周囲に伝わらない辺りが勿体ないんだぜ★


「じゃあ、コート行きたい!休日でも能力トレーニングしてる先輩はいるかもだろ!?

 面白い能力を持った人はいないかなあ!?」

「正直、カリムほどの変化球はいないと思うけどね。それでもよかったら行ってみるかい?」

「悪かったな変化球の珍獣で」

まさか、アドラバーストの持ち主には、そう簡単に出会えないだろうけど。

でも、俺たちより先に現場で働いてらっしゃる先輩達だ、

能力の応用法なんかも色々見せてくれるかもしれない。


フォイェンも、最近大分能力が強まってきたけどな★

はじめは『指先から火がちょっと出ますよ』程度の能力だったのが、最近では掌や腕まで回せるほど

炎を放出できるようになった。

陰で努力とかしてるんだろうなあ、真面目だから。俺も負けてられないぜ★

正直、クラスの連中はまあ平凡というか、俺の相手にはならない感じなので、

フォイェンが編入してきたことは素直に嬉しい。

カリムは強い能力者だけど、いわゆる後衛担当でジャンルが違うからなあ★

俺はずっと、焔ビトと戦う時のように、タイマンで熱く拳を戦い合わせたかったんだ。

大隊長は(いつかは負かしたいと思ってはいるが)今の俺では全然歯が立たないレベルだし、

いい感じに切磋琢磨できそうな相手が出来たのは、めちゃめちゃ嬉しいぜ!!

残りのお菓子をお腹やバッグに詰め込んで、俺達はフォイェンの部屋を後にする。




しばらく歩いて、先頭を行くフォイェンが足を止めた。

「…はい。ここがご希望の能力練習用のコートだよ」

金網で囲まれた、広々とした演習場だ。

造りは大体うちの学校と変わらないけど、とにかく広い。

これだけ広ければ、カリムのような範囲攻撃能力者もちょっとノーコンなヤツとかも、

安心して存分に能力を使いまくれるだろう。

「…あれ、オニャンゴ中隊長じゃねェか?」

「ウソウソ!!どれだ!?噂をすればか!?きっと神が俺の熱意に応えてくれたんだな!!流石俺!!」

「レッカ、『どれ』とか言わない…」

コートの中央では、5人の若い男性と、一人の白いローブをまとった恰幅のいい色黒の中年男性が、

講習のようなものをやっていた。

どう見ても、あのローブの人が中隊長だな★

俺達がキャッキャと騒いでるのに気付いたのか、その集団がこっちに目を向けてきた。

中年男性の顔色が、驚いたものに変わる。


「カリム・フラム君!?どうしたんだ、今日は?バーンズから何か言われたのかな?」

男性達を待機させておいて、駆け足でこちらにやってくる。

顔見知りのカリムとフォイェンが合掌をしながら頭を下げ、俺もそれに倣う。

「…いえ、今日は、その、この人達と…」

「こんにちは、オニャンゴ中隊長。私はフォイェン・リィ神父です。

 最近、こちらの未来の消防官の学生達と、共に学校で学んでおりまして…。

 今日は一緒に第1の見学をしているんです」

ちょっと気まずそうにしてるカリムの言葉を遮って、『社会人』の見本のような笑顔と態度で、

フォイェンが中隊長を迎え入れる。


「おお、君が例の新しい能力者か!折角の休日だし、仲良し3人で集まっているのか?そうか、そうか」

『例の事件』以降、その後を心配していたであろうカリムが元気そうだし、

俺とフォイェンという友人と一緒だしで安心したのか、中隊長がニコニコ笑っている。

「はじめまして、オニャンゴ中隊長!おウワサは聞いてます!

 俺は烈火星宮といいます!!カリムの友達です!!」

今後のためにも、しっかり元気よくあいさつする。

それに好感を持ってくれたようで、中隊長も笑顔で挨拶を返してくれた。


「ああ…もしかして、君がバーンズが気にしている今期の首席の子かな?はじめまして」

「はい!今日はミサに顔を出して、フォイェンの部屋にも行って、折角なんでコートの見学もしに来ました!!」

「そうかそうか。…兵器開発室には行かなかったのかね?

 カリム君の新しい武器を作成する話が出てると聞いたが?」

「…俺とフォイェンはともかく、レッカは行っても退屈なだけになってしまうんで…。今度でいいです」

「そうか。まあ、いつでも来ていいからな。すぐフォイェン神父か私かバーンズが渡しをつけてあげるから。

 遠慮しないでどんどん利用しなさい」

フォイェンもだが、いかにも『先生』ぽいというか、『神父』っぽい人だなあ★

カリムの肩をぽんぽん叩きながら押し付けがましくなく諭してくる様子は、

普段も悩める人をさぞ安心させているのだろうと思わせる。


「は、はい。ありがとうございます。

 それで、あの…オニャンゴ中隊長は、今何か講習とかしてらしたんですか?」

カリムが俺のために話を振ってくれる。

「ああ、講習というか…まあ、補習みたいなものかな。

 あそこの彼らは、最近どうも仕事の成果が振るわないというか、

 いまひとつ壁にぶつかってしまって、悩んでいる神父達なんだ。

 私が時間のある時に、相談に乗ったり、改めて能力の訓練をしたりしてやってるんだよ」

ほお★第1は悩める職員のフォローもバッチリなんだな。

「へェ…。フォイェンも参加してるのか?」

「あ、私は、まだその前の段階だから。壁にぶつかる前の段階だからさ」

「謙遜するなよ、フォイェン神父。

 バーンズから話は聞いているよ。なかなか頑張っているらしいじゃないか?」

「フォイェン、最近かなり火力が強くなりましたよ!俺もいつも負けてらんないなって、燃えてます!」

バッチリ友人のフォローをしておいてやると、フォイェンが照れたように頭をかいた。

「オニャンゴ中隊長〜。その子達、どうしたんですかー?」

と。手持ち無沙汰だった待機中の先輩達が、わらわらとこっちにやってきた。


「ああ、神学校の生徒達だよ。今日は個人的に第1の見学に来たそうだ。

 こちらは、最近能力に目覚めて、彼らと同じ神学校に能力講習に通っているフォイェン神父だ」

「あ、聞いたことあります!そっか、仲良くやれてるんだな、年下の子達と…」

「はい。この子達がいつも仲良くしてくれてるんですよ。ねえ、カリム、レッカ?」

「ああ!!」

「あ……おう…」

本当はいつもみたいに憎まれ口を叩きたいだろうに、

知らない大人達に囲まれてそれが出来ないでいるカリムに、俺とフォイェンは遠慮なく爆笑する。

当然、顔を赤くしたカリムに二人共思いっきり足を踏まれた。おお、痛い★

「カリム…。この足癖、今のうちに直そうよ。ね…?」

「うるせェ触んな撫でんな微笑むな肩を抱くな」

編入生ズがじゃれてるうちに、俺は先輩達に話をつけることにした。


「先輩達!よかったら、俺達に能力見せてください!もっと言ったら組手してください!!」

「「レッカ!?」」

編入生ズが同じタイミングで目を白黒させる。随分息が合ってきたようだ★

「レ、レッカ君といったかね。随分積極的だね…」

「ハイ!!俺、色々な人と戦いたいんです!強くなりたいんです!常に競う相手募集中なんです!!」

「すいませんこのバカが!!!すぐ立ち去らせますんで!!!」

今日イチの大声を出したカリムが、オニャンゴ中隊長の手を両手でぎゅっと握った俺に、

盛大にラリアットをかましてきた。

カリム・フラムという男は、第二世代で年下で後衛タイプで色白で音楽が好きで理系で

俺やフォイェンよりは細身と、一見フィジカルが弱そうに見える。

だが、真面目ちゃんで日々かかさずきちんとトレーニングをこなしているため、

これが意外な身体能力を発揮したりするのだ。

ぶっ倒されて後頭部を打って一瞬真っ白な星が見えたが、なんとか跳ね起きる。


「酷いなあ、カリム。バカになっちゃうじゃないか☆」

「元からバカでバカだろ!!」

「カ、カリム君…なかなか元気になったんだな…」

カリムの荒っぽい一面にびっくりしたオニャンゴ中隊長の言葉に、

ついツンモードに突入してしまったカリムがボンッと顔を赤らめる。

「ち、ちがっ、これは、スイマセッ、」

「まだまだ14歳なんでねえ。やんちゃなお年頃ですよね。私は元気があっていいと思ってます」

完全に兄目線でフォイェンがフォローを入れる。

それもそうだったな、とオニャンゴ中隊長がくすくす笑い出した。


「で?レッカ君は、折角だからここで記念に一暴れしていきたいのかな?」

「はい!!」

「レッカァ!!」

「カリム、落ち着いて」

俺達の三種三様の返答に、中隊長と先輩達は顔を見合わせてぷっと吹き出した。

「オニャンゴ中隊長。俺は別にいいですよ、組手しても」

「あ、僕もいいですよ」

「俺も、まあ…皆がやるなら、いいかな」

「やった!!」

5人中3人の先輩が手を挙げてくれて、俺の希望通りの話の流れになってくる。


「いいんですか、皆さん?」

「ああ。たまには全く知らないヤツと戦うのも、いい気分転換になるかもしれないしな」

「ほれ見ろフォイェン!!」

「いや、結果論でしょ…」

「ごめんな、私とこいつは第二世代なんだ。能力使った組手はちょっと難しいかな」

「あ、俺も第二です。今日は武器も持ってないし、能力出せないです」

「へえ、カリム君?は武器が要るタイプの第二世代なんだね。俺の能力は、単純な炎の操作でさ…」

自然と第三世代と第二世代にグループが別れていった。


3人の先輩はそれぞれ俺、フォイェン、オニャンゴ中隊長と組手をすることになり、

第二世代組は能力談義で盛り上がる感じになりそうだ。

正直まあ、カリムが知らない先輩と打ち解けられるか、ちょっと心配だったが…。

むしろ完全にはじめましてな分、嫉妬されたりからかわれたりということがないようで、

うちの同級生や『雪の女王』の先輩達よりは話しやすいみたいだった。

まあ、やばそうだったら助けようとフォイェンに目配せしてから、

俺は相手してくれる先輩(宍戸さんと名乗った)とコート内で向き合い、礼をして構えに入った。


「カリムー!最初の始めの合図だけやってくれないかー?」

「わかった。用意…はじめ!!」

聞きやすいように声を張ったカリムの声で、俺は地面を蹴る。

一気に突っ込んでいった俺を、宍戸さんは掌から生み出した炎の短槍を

ぐるりと回して両腕で構え、迎え撃った。

「はあっ!」

穂先が俺の頬を掠め、ほんの少し血が飛び散る。

流石、現役の消防官!★

伸び悩んでるようなレベルの人でも、学生相手にあっさりやられるようなことはなさそうだ。


「ねえねえ、カリム君。二人はどうなの?強さ的には」

「レッカは火力はあるけど武術はもうちょい、フォイェンは武術はかなりだけど火力はもうちょいです」

拳と槍の応酬の間に、第二世代組の会話が飛び込んでくる。

「君は?」

「…俺は珍獣でイロモノなんで」

「イロモノ??」

さっきの『珍獣扱い』を根に持ってるらしいカリムが、体育座りの膝に頬杖を着きながら、

3組の戦いに目をやっている。


オニャンゴ中隊長の相手は炎を投げナイフくらいのサイズで飛ばしてくる中距離・遠距離タイプの隊員のようで、

中隊長は彼を叩きのめすというよりは、彼に能力を出させてアドバイスするのをメインにしているようだ。

フォイェンの相手は腕に小手のように炎を這わせてそれで攻撃をさばく、防御に重視を置いたタイプらしい。

体術ではうちのクラスの中ではトップクラスのフォイェンだが、こちらの先輩も同じように能力より体捌きを

重視したタイプのようで、なかなかお互い決定打を与えられずにいるようだ。

一口に第三世代といっても、色々なタイプがいるなあ★

残念ながら、やはりアドラバースト持ちはいなそうだけど。


「こらレッカ!自分で言い出したんだから、集中しろ!!」

カリムの檄が飛ぶ。

「おおっと☆すまないな、先輩達はどういう能力を使うのかと思って、つい見とれてしまったぜ☆」

「おい、余裕じゃないか、後輩!」

調子こいてたら、バシンと、脇腹のいいところに槍が入ってしまった。

「ぐっ!?」

「バカ、避けろ!!」

何とか身体を捻って跳躍し、距離をとろうとしたが、先輩はぴったり張り付いてくる。

ゴツッと鈍い音がして、槍の柄の先が俺のアゴを打った。

ぐらりと視界が揺れる。


「そこまで!レッカ、休んどけ!!」

あっちゃ〜…。やられちまったぜ★

カリムが自分の鞄からタオルを引っ張り出して、俺のところに駆け寄ってくる。

「なかなかだったな。いい刺激になったよ。

今の学生って、こんなに強いんだな。これはうかうかしてらんねえわ」

槍の先輩は上機嫌で笑ってくれる。


「うう〜〜悔しいッ!!!もう一本お願いします!!」

「マジかよ!?やる気あるなあ、君…」

「よければ、私達と相手を交換するかい?スタンリー、宍戸と替わってくれるかな」

「分かりました」

今度はオニャンゴ中隊長の相手の先輩が、俺の方へ来てくれる。

う〜ん、なかなか充実した時間になってるじゃないか★

いっぱい動いて汗をかいてきたので、カリムにパーカーを預け、タンクトップ一丁になる。


「カリムも動きたくないか!?ずっと座ってちゃつまらないだろ!?」

俺が差し出した手を、カリムは取らなかった。

「話してくれてるこっちの先輩達に失礼だろ…。第一、俺、武器ないって言ってるよな?」

「ああ、俺らのことは気にしなくてもいいよ。でも、そうだな、武器って何が要るの?」

「タッグ戦とかしちゃう?確かに、ずっと見学じゃつまんないよね」

カリムと一緒に見学してた第二世代の先輩達が気を遣ってくれる。

「あー…俺はいいです。そんな戦闘向きの能力でもないんで」

「え?でも、君、アレじゃないの?バーンズ大隊長がちょいちょい様子見に行ってる子。

 オニャンゴ中隊長も気にしてたもんね。

 折角だから能力見してよ。発動に何が要るの?持ってくるよ?」

なんだか逃げられない空気になってきて、カリムがうらめしそうに俺を睨む。

助けを求めてフォイェンの方をちら見するカリムだが、フォイェンは丁度いい鍛錬相手を見つけてしまったようで、

例の小手の人といまだ熱く拳を交わしていた。


「お前達、どうしたんだね?何かあったのか?」

なかなかカリムの側から戻ってこない俺を不審に思い、オニャンゴ中隊長がこっちへやってきた。

「ああ、オニャンゴ中隊長!カリムがずっと見学じゃアレなんで、一緒に戦おうって誘ってるとこなんです☆」

俺は愛想よく言ったつもりなのだが、オニャンゴ中隊長はたちまち渋い顔になった。


「カリム君。嫌なら嫌でいいし、無理しなくて大丈夫だからな?」

「あ、いや、俺…」
           うち
「そうだな、卒業して第1に来たら、改めて能力を見せてくれればいいよ。

 今すぐにどうこうしなくていいから。大丈夫だから、ね?」

…この人は、初めて能力を発動して動揺したカリムにずっと付いていた人だったな。

カリムが自分の能力をあまり快く思ってないだろうと思って、かなり気を遣ってるらしい。

だが、カリムの能力は素晴らしいし、カリムだって学校でちゃんと訓練して使えてるんだから、

堂々としてればいいと俺は思うんだ。


「オニャンゴ中隊長。カリムは強い男です。

 そんなに心配して、いちいち手を引っ張ってやらなくても大丈夫ですよ」

「何?」

「カリム。俺とタッグ組もうぜ☆俺のこと、お前の盾で守ってくれ。お前の敵は、俺の拳がぶっとばそう!!」

大きく両手を広げ、ウインクしてやる。

…多分、カリムの性格だと、こうやってオニャンゴ中隊長に心配をかけてることが、

またちょっと心苦しいんじゃないかと思う。

それを打ち破るためにも、戦えばいい。ここで男を見せてやれ。

そういう気持ちをこめて熱く見つめると、カリムが観念したように大きく息を吐いた。


「ええと…俺、いつもは楽器を使うんです。ハンドベルと、何か管楽器があればそれで。

 ベルは…なくても、まあ最悪声とか拍手なんかでもなんとかなるんだけど、

 できれば、合図とかに使うような、簡単に大きな音が出せるものを。

 あとは、空気を循環させるパイプ的な何かがあればよくて…」

「楽器!?え、そんなん使うの?変わった能力だね」

「『絶対この楽器!』ってわけじゃないんだ?パイプってのは、鉄パイプってこと?」

「熱のある場所で使うので、できれば金属の方が…。でも、中が空洞で空気が通せれば、いけると思います」

「あー、確か倉庫にアレあったよ、ちょっと見てみて」

訓練用の備品倉庫から先輩が持ってきたのは、徒競走のスタートなんかで使う電子ピストル。

いちいち専用の弾をこめるやつじゃなくて、引き金を引けば電子音が何回でも鳴る奴だ。

それと、柄が筒状のモップを持ってきて、尻のキャップを外して見せてくれた。

ちゃんと中が空洞で、空気が通る。

そのまま使うと持ち手に熱が伝わりやすそうなので、カリムはついでに軍手も借りた。


「物干し竿みたいな柄だから、ちゃんと金属だと思うよ。それとも、むしろホースみたいなものの方がいい?

 頭の方も外して、完全なパイプだけにしちゃった方がいいかな?」

「…いや、大丈夫です。これで、多分いけると思う。レッカ、作戦会議しようぜ!」

「おう☆☆」

まだ何か言いたそうにしているオニャンゴ中隊長に表情で謝ってから、

カリムと一緒に皆から距離のあるコートの隅へ行く。

後衛職であるカリムは、俺やフォイェンみたいな前衛よりも指示出しや作戦担当になる機会が確実に多い。

幸いというかなんというか、カリムはそっちの才も持っていたので、先生達もホクホクだったわけだが。

そんな後衛と組んで、素直に従わないなんて勿体ないぜ★

ちなみに、クラスの奴らは年下で可愛げのないカリムに指示を出されるとすごく嫌な顔をするが、

俺にはそんな下らないこだわりはない。


ささっと作戦会議を終えてから、中隊長達のところへ戻る。

コートでは、さっきのナイフ投げの男性と、能力が単純な炎の操作と言っていた

第二世代の男性が待っていた。

「多分、ナイフの軌道とか変えてくるから」

ぼそりとカリムが囁く。

「OK。前衛は俺に任せとけ☆背中は任せたからな!」

親指を立ててウインクしてから、カリムを守るように前に立つ。

「んじゃ、はじめようか。用意…ファイト!!」

手の空いたもう一人の第二世代の人が審判をしてくれる。


「いいか、レッカ」

試合前のカリムとの打ち合わせが蘇る。

「俺の能力って、熱を熱と音にグルグル変換させ続けることで氷を作るんだよな。

 で、このモップの長さだと、そのグルグルが十分に出来ない。

 熱を音にするとこまでは全然可能だけど、氷を出すとこまでは難しくて難易度高いと思う」

「…うん☆」

「で、一旦さ、こうして…。キャップで閉じ込めちまおうと思う。そうしたら、熱気が逃げないだろ?

 それで何回か熱気をもう一度吹き口に戻して、冷やして、また戻して冷やしてって

 何回かグルグルやれば、氷の温度までいけそうな気はするんだ」

「おお!やれば出来るんだな!?」

「ただし、『いけそうかも』って感じだからな?確実性は全然全くないんだからな?

 …それでも、お前は俺とタッグ組みたいとか言えるわけ?」

「つまりは俺の心配か」

「真面目に聞け!」

カリムはいちいち俺のための遠慮をするけど、そんなものは最初から不要だ。

「それで?カリム。俺と一緒に戦う作戦は?何でも言ってくれ☆」

当たり前のように言ってやると、カリムが呆れたような顔をしてから、ぎゅっと表情を引き締めた。
                               
俺はカリムの作戦に全面的に信頼を置いてる。カリムが俺に頼むことなら、何だってこなしてみせるさ★

「…じゃあ、聞いてくれ…」


この戦いの能力者のタイプを分けるとすると、俺&カリム組が近距離攻撃と遠距離攻撃&サポートの

組み合わせ、先輩達が遠距離攻撃とサポートの組み合わせになる。

相手の苦手な近距離戦に持ち込んでしまえば、もう勝利は確定したようなもんだ。

スタンリーとかいう先輩のナイフのような炎は小さく、炎の耐性のある人間には大したダメージは与えられない。

だが、小さい分沢山撃てるし、『単純に炎を操作する』能力で影響を与えやすい。

…っていうのが、カリムからの受け売りだ★

そもそも俺は野生の勘で動くタイプだから、小難しいことは全部カリムに任せておく。


「いくぞ、アレグロ!」

「ああ!」

発射された炎のナイフを、アレグロとかいう先輩がぐぐっと軌道を捻じ曲げていく。

――狙いは、俺を越えて後衛のカリムか。そうはいかないぜ★

拳から大きく炎を噴射させ、飛び交う炎のナイフをなぎ払った。

「そう簡単にやらせませんよ、先輩ッ☆」

そのまま炎の勢いを保ったまま、突進する。

だが、拳の熱がふっと軽くなった。――制御されてるな、第二世代の能力で。

俺はカリムいわく『レッカは火力はあるけど武術はもうちょい』なので、その火力を制御されてしまうとなると、

少々厄介である。

だが、こっちにはまだカリムがいる。

第二世代の能力っていうのは、結構幅が出やすい。

この相手みたいに素直に炎を操るタイプのものから、カリムの『冷却』みたいなものまで様々だ。

だから、相手もカリムがどういう攻撃をするのか、全く読めない。俺一人に気を割きすぎることは出来ない。

だから、あくまで『ある程度制御するだけ』。


「おおおおおっ!!!」

拳の火力を更に爆発させる。その威力に先輩達がぎょっとした。ははっ、気持ちいい★

『いっぺんハデに能力見せとけ。

 デカい火力でビビらせとけば、相手はお前の火力をどうにかして押さえなきゃって方に気が向くから。

 それほど強くない人だったら、お前とナイフの人の両方の炎を一度に制御は出来ないだろうから、

 お前を抑えようか、ナイフの援護をしようか、迷わせられる』

というカリムの言いつけどおりにすると、案の定、第二世代の先輩は、焦って俺とナイフの先輩を交互に見だす。

うーん、先輩、それは俺から見ても悪手だぜ★

ナイフの方の先輩は、その様子を見て、なんとか考えをまとめようとしていた。

こっちの先輩は、決断が遅いのが弱点なのかな。

もっと俺みたいに、本能に従って勢いで戦うのもいいと思うぜ!★


「…アレグロ!そっちの赤毛の相手を頼んだ!」

結局、一対一で直接カリムを狙う作戦に出たようだ。

それならそれで打ち合わせ済みだ。

俺は目の前に立ちはだかる第二世代の先輩に、拳に火を点さないまま殴りかかりに行った。

「え!?」

俺が炎を出さないなら、彼はナイフの彼の援護をすることが出来る。

だが、俺が絶対に炎を出さないとは一言も言ってない。

どうしても、彼はまだ俺から目を離すことが出来ない。


「シッ!!」

狙い通りに、カリムめがけて何本もの炎のナイフが飛んでくる。

だが、この程度の火力じゃあ、カリムの敵じゃない。

「いけ、カリム!」

パアン!

カリムが高く掲げた電子ピストルの音が鳴り響き――

「っ!?」

先輩の飛びナイフの炎も、ついでに横で戦っていたフォイェンや相手の先輩の炎も、一瞬で霧散した。

「えっ、今、何が――」

「くっ…!」

すかさず、カリムがモップのキャップを閉めて。

カリムの右手に持ったパイプが気持ち悪いくらいにガタガタ震えていた。

棒状でバランスが悪く、いつも持ってる楽器より重量が軽いので、

中を熱気が通るたびにハデに暴れるんだろうか。

先輩達は、何が起こるのかと攻撃の手を止めて、こちらに釘付けになっていた。

いいよ、見てください。俺達の誇る守り手の力を!!


「――よし、レッカ、いける!」

「おうっ!!」

俺は再び拳に炎をともし、ナイフの先輩の方に向かって駆け出した。

第二世代の先輩が、俺の炎を防御しようと、ナイフの先輩を庇ってその前に出る。

すぐさま、俺はその先輩を攻撃せずに、大きく横へ飛びのいた。

今、先輩達はまとまった位置にいる。

そこへ向けて、カリムのパイプが唸り声を上げた。

キャップの外されたモップの先から、ビュオオオオッと、すさまじい冷気が吹き付ける。

こんな短いパイプでも、十分な能力コントロールだ。

うちの自慢の弟分は、伊達に飛び級やってない。

今ココにちゃんとした楽器を持っていないことが、本当に惜しい。


「うわああっ!!」

「ひいっ!?な、何だ、これ!?『氷』!?」

足を、腹を、胸を、喉を、二人の身体をどんどん這い上がる氷に、先輩達はパニックになっていた。

「お、落ち着け!熱気を操作しろ!『氷』なら、炎で溶かせるだろ!?」

審判の先輩が声をかけるが、カリムがそれを意図的に遮る。

「――ですね。でも、させませんけど。何度でも、『炎』は俺が消し去ります」

死神の通告。カリムがなるべく冷たい表情を保って、再び電子ピストルを空に向けた。

無駄なのだと。自分にかかれば、どんな炎も無駄なのだと。網にかかった獲物に最後通告する。


…まあ、正直言えば、これはハッタリだ。

今、先輩達は初めて遭遇する能力に我を失っているが、冷静に考えれば、

カリムの手から武器を奪ってしまうだけで、この状況は好転するのだ。

きちんとした楽器を持ってないから、普段の3倍は時間がかかってるからな★

正直こっちは隙だらけなんだ。

それを悟らせないためのハッタリなんだが、あいつ、演技が随分堂に入っている。

あんな氷のような瞳で酷薄に微笑まれたら、対戦相手はまさに雪妖怪に襲われているような気分だろう。


ぶっちゃけ、カリムの武器になる『炎』を使わないことを選んで、接近戦に持ち込めば、

先輩達にも勝機はあったのだ。

だって、幾ら真面目に鍛錬してるとか言っても、後衛職なうえ戦闘経験も浅く、

身体も出来上がってないカリムの体術スキルは、どうしても俺やフォイェンより劣るんだから。

先輩方も、伸び悩み中の若手といっても、肉弾戦はカリムよりは絶対強いだろう。

武器さえなければカリムはもう殆ど無力だし、あとは第二世代が俺の炎を全力で封じて、

炎にこだわらずに二人がかりで俺をのしてしまえば、ゲームセットだ。

別に『絶対に炎を使って攻撃しましょう』なんてルールじゃないからなあ。

逆に言えば、俺との火力差を見てただけでそういう臨機応変さが出せないと、ダメなんだろうと思う。

…ってのがまあ、全部カリムの受け売りだ★
 しれいとう
俺はカリムが思うように動いてやるだけだ。


先輩達の頭上までびっしりと氷が覆ったところで、俺は彼らが呼吸できるように、

顔面の氷を狙って炎のパンチを繰り出す。

「チェックメイトですね☆先輩っ!」

「ひ、あ、ああ…」

顔面しか動かせない先輩が、引きつった顔で俺達を見てる。

「…驚いたな。カリム君、そこまでコントロールが可能になったのか…」

オニャンゴ中隊長が、カリムの側へ歩み寄る。

「え、あ、一応は…。でも、今日は、いつもの楽器じゃなかったから…正直、すごく時間かかっちまって…」

「…『これ』、いつもはもっと速いんだ?」

「ええ。私も、編入初日にカリムと模擬戦やらされたんですけど、氷柱とか氷の壁とかぽんぽん作ってくるんです。

 すごい初見殺しでした。全然手が出なかったなあ…」

フォイェンとその対戦相手が、すっかりこっちの観戦者と化している。

「うぐっ…ガ、ガチで寒い…!早くここから出してくれ…」

「あ…すみません…。レッカ、炎を」

「あいよ☆」

とりあえず、氷漬けの先輩達を、残りの第三世代総出で救出にかかる。


「…確かに、俺達、防火の装備は持っていくけど、防寒の方は無防備だったよなあ…。

 急に『これ』が来たら、対処に困るわァ。うーん、確かに初見殺しだわなあ」

「焔ビトもだけどさ、能力を悪用する犯罪者とかにはすごい効くんじゃないか?

 急に自分の炎が消えちまって、パニクッてるとこに謎の氷攻めの追い討ちとか、想像するだけで痛快じゃね?」

「なあ、あのピストルの音が、何かキイになるの?俺、炎制御で君の方も妨害してみようとしたんだけど、

 その時点でもう『炎』じゃなくなってたのかな?全然何も起きなかったよ…」

「これが来年同僚になるとか、楽しみだよなあ。俺らとだと、どんな連携出来そうかな!?」

「っ、え、あ…」

普段、カリムが能力を使って向けられる視線の多くは、手に入ったレア能力の価値を計算する大人のものや、

教師や事情を知る者達の腫れ物に触るように様子を窺うようなもの、

それにクラスの奴らの嫉妬や嫌悪といった、ネガティブな属性のものだ。

そりゃあ、大隊長や中隊長みたいに人間出来た人は、そんなことしないけど。

こういう『ごく普通の人』達から、こんな風に素直な『賞賛』や『羨望』の目を向けられることは珍しいだろう。

先輩達に囲まれて、いまいち言葉が出てこずに、カリムの唇はただ空気を飲み込んでは吐くだけだ。


「お前達、後輩がこんなすごいの見せてくれたんだぞ。お前達もいいとこ見せなきゃだめじゃないか」

「うう、オニャンゴ中隊長、分かってますよお…」

「俺達だって、好きで伸び悩んでるわけじゃないんですよお〜〜」

「でも、こりゃ負けてらんないよなあ。これじゃ、すぐ追い抜かれちまうよ」

先輩たちのやる気に俄然火が灯るのが伝わった。

流石、ベテラン中隊長は部下の扱いが上手いぜ★


「君に謝っておかなきゃな、カリム君。…いや、カリム」

「へっ?」

そんなオニャンゴ中隊長に笑顔で頭を下げられて、カリムが珍しく間の抜けた声を出す。

「お前の事を見くびっていたよ。レッカが言うように、本当にお前は強い男だ。

 あの自分の能力に怯えていた少年が、この短期間に、こんなにも自分の能力に向き合えるようになるとはね。

 お前に編入をさせてしまったのはいささか強引だったが、それをしっかり乗り越えて、こんなに成長するとは…」

すっかり感動した様子で、オニャンゴ中隊長がカリムの両肩を優しく掴む。

その目はすっかり『可哀想なか弱い少年』を見守る目じゃなく、『消防官として共に戦う同士』を見る目だった。

「今日は本来の武器がなかったんだったな。是非、万全の状態の時に、また能力を見せてくれ。

 バーンズからもう色々言われているだろうが、私からもアドバイスするから」

「は…はい、ありがとうございます!よろしくお願いします!」

カリムが素直に頭を下げた。




「…今日は疲れたな。主にお前のせいで」

「なんだよ〜、カリムだって結局ノリノリで戦ってたじゃないか☆」

「眼鏡買えよ」

帰りの電車の中で、カリムは音楽を聴きながら、小さくあくびをした。

隣に座る俺にもそれが移る。

うーん、いい感じに運動したこともあって、このままだとつい眠ってしまいそうだな★

今寝たりしたら、夜にちゃんと眠れなくなってしまう。

眠気覚ましに俺も何か聴きたい。


「カリム、俺にも音楽聴かせてくれ!」

「悪いな、今日はイヤホンじゃなくてヘッドホンだ」

「スピーカーにすれば二人共聴けるだろ☆」

「周りに迷惑なんだよ!」

しかし、俺がよっぽど暇そうに見えたのか、カリムが鞄から別の音楽プレイヤーを取り出して

ちょちょっと操作して、外したヘッドホンを付けて一緒に貸してくれる。

「おっ、いいのか!?」

「俺はこっちで極小音で聴くからいい」

そう言って、手が疲れるだろうに、自分の片耳にスピーカーモードにしたプレイヤーを直接押し付ける。

そんなんだからいい子ちゃんなんだぞ、お前は★


遠慮なくヘッドホンを着けさせて貰うと、プレイヤーからノリがいい感じのクラシックが飛び込んできた。

「あっ、これ、なんか知ってる!なんていう曲だ?」

「カルメン」

「カルメン?えーと、駄菓子みたいな砂糖の…」

「…登場人物の女の名前だよ」

「へえ☆」

こうも威勢のいい曲だと、目も覚めるような気がする。うーん、流石の選曲だぜ★

欲を言えば、威勢がいい歌声が入ってるともっと嬉しいのだが、

クラシックやジャズの愛好家のカリムは、あんまり声が入ってるものを聞かない。

電車のリズムに揺られながら、しばらく耳から別のリズムを入れ続ける。



…今日は、あえて触れてこなかったこいつの柔らかいところを知ってしまったな。

こいつが自称『殺してしまった』という犠牲者の遺族。

正直アドラバーストと関係ないし、本人が嫌というものを無理に首を突っ込まなくてもいいだろうと、

今まで特に追求せずにいたのだが。

…ぶっちゃけ、馬鹿だと思う。

起こったことはもうしょうがないんだし、過去は絶対に消せない。

いつまでもそんなにくよくよしてどうするんだ。

むしろ、お前はその天から授かった素晴らしい才を誇り、喜び、有効活用するべきだろう。

そもそも知り合いでもなんでもない相手なのに、なんでそんな奴のために、

あんなにまで思いつめられるのか。

大体、バーンズ大隊長達の班が祈りをちゃんと捧げてて、鎮魂は成功したっていう話なのにさあ。

何をそんなに一人で背負い込んで、お先真っ暗な顔してるんだか。


「カリム。よかったなあ、オニャンゴ中隊長が認めてくれて」

「えっ?…あ、ああ…」

カリムが耳から音楽プレイヤーを離して、俺の話を聞く態勢に入る。

「今日、さ。俺とお前で分担して戦ったじゃないか?」

「え…おう」

「お前が気にしてる焔ビトもさ。お前が倒して、消防隊の人が鎮魂して。

 そういう分担をした、それだけのことじゃないのか?何をそんなに気に病む必要がある?」

…たちまちカリムの表情が歪んだ。


「…悪い。でも、どうしても納得いかなかったんだ。何でお前がそんなに一人で苦しんでるのか。

 だって、あのおばさんは、お前のこともう許してたじゃないか。仕方なかったって言ってたじゃないか。

 あのおばさん、あの時そんなにお前にきつく当たったのか?」

「………あのひとじゃ、ない」

――つまり、あの人じゃない遺族の人にガッツリ言われちゃったのか。

ひとごろしとか、そういうことを。

ただでさえ、自分が能力者で、しかも『炎』じゃない何じゃこれな能力でびっくりしてるとこに

そんな強い言葉で責められたら、確かにものすごいショックだろうけど…。

でも、カリムだって被害者だろ?

その焔ビトに襲われたから、自分の命を守るために能力が発現したんだろ?

そのカリムの怖かった気持ちは、どこに行ってしまったんだ?


…今まで、俺はカリムがこうしてうつむいて困ってしまうのが分かってたから、

あえてこの件に触れることを避けてきた。

でも、最近カリムは変わってきた。

あのお節介なフォイェンの自分でも反省してた首突っ込みたがりが、上手いこと作用したらしい。

自分一人で抱え込むのではなくて、誰かの手を借りることを、少しずつ受け入れられるようになってきた。

だからこそ、今言う。今まで黙ってた俺が。


「…まあ、すぐに答え出さなくてもいいけどさ。

 でも、フォイェンとか中隊長とか大隊長もそうだけど、みんな、お前がちゃんと

 納得出来るようになるのを待ってるんだからな?

 少しずつでいいんだ、変わってこうぜ?相棒☆」

それだけ言うと、俺はこの話題をさっさと切り上げて、視線をカリムから外してしまう。


「なあ、今日の夕飯なんだっけ!?」

「……っ…知らねェよ…」

「俺、メンチカツ食べたいなあ!今、無性にメンチカツが食べたい!!

 なあ、カリム!駅に着いたら、商店街でちょっと買い食いして帰らないか!?」

「勝手に勝手にしろよ、もう…」

すっかり呆れたような顔になったカリムに、俺はいつもと変わらないウインクを返した。


電車はゴトゴト揺れている。

真っ赤な夕日が窓から差し込んで、俺とカリムの顔を照らしている。

『天照』は、今日も正常に稼動している。太陽神の意志を乗せて。



        NEXT→赤色のライアー