赤色のライアー



「さて。カリム、今日こそ兵器開発室に行ってみる?」

今日は土曜日。

この前と同じように、第1大聖堂でのミサに参加した後、

フォイェンの部屋でダラダラお菓子や昼ご飯を食べてくつろいでから、午後の予定を決めにかかる。

ちなみに、前回俺とカリムに「何もないつまんない部屋」と言われたことを気にしていたのか、

フォイェンの部屋には若者向けのファッション雑誌や少年漫画雑誌やらが増えていた。

フォイェンも結構かわいいやつである。


「レッカは、またこの前の先輩達やオニャンゴ中隊長と会えたらいいなって感じなんだよね?

 じゃあ、私達と別行動でも大丈夫かな?」

「ああ、折角仲良くなったしな!また組手してもらえたら嬉しいよな!」

本当はこっそり抜け出して、今度こそ大聖堂周辺の街の探索に出ようかと思ってるのだが、口には出さずにおく。

結局彼らは見つからなくてブラブラしてたとでも言っておけば、アリバイは成立するだろう。


「…レッカ、本当に別行動するのかよ?」

フォイェンに勧められたバンドフェス系の雑誌をめくっていたカリムが、上目遣いにじっと俺を見つめる。

「何だよカリム、そんなに俺がいないとさびしいのか?モテる男は辛いぜ☆」

「が〜ん。ふられちゃいました。

 カリム、そんなに私じゃダメなのかい?レッカばかり見てないで、私も見てよ…」

「二人共死ね!!もう俺一人で行く!!」

「死ねとか言っちゃダメだし一人で行っちゃダメだしそんなに怒らなくてもいいじゃないか、カリム」

フォイェンがどうどう、と冗談の通じないカリムの背中を叩く。

その頬を容赦なくひっぱたいて、カリムがプリプリ怒りながら立ち上がった。


「ごめんって。真面目に一緒に行くよ。

 じゃあレッカ、途中までは一緒に行くかい?コートに向かうんだよね?」

「そうだな、コートに人がいなかったら、食堂とか周ってみるかな。じゃあ、途中までな!」

ということで、しばらくは自由時間だ★

仲良く並んで兵器開発室へと去る二人の背中を見送った後、怪しまれないように堂々と、正門の方へ足を運ぶ。


ザ・エリートといわれる第1のあるこの東京皇国中央の地区は、聖陽教や皇王庁の影響が強く、

市民も非常に信仰心が厚い傾向にある。

街をぶらぶら歩いてみても、例えば雑貨屋の店頭なんかにも

聖陽十字をあしらったインテリアやアクセサリーが並んでいて、

神父見習いとしてはこの熱〜い信仰に嬉しくなってしまう。

…そういや、カリムの誕生日って来月だったよな。こういう聖陽十字グッズとか気に入るかな★

あそこのレコード屋のディスプレイの白いヘッドホンとか、気になるなあ。あいつ、音楽好きだし。

時折裏路地に入ってここはちょっとしたことに使えそうだなとか、いい廃工場とかないかなとか、

チェックしながら大聖堂付近の町内をブラブラ歩く。

いい感じの時間になってから、再び第1に戻る。

――が。

自分が既にこの時虎の尻尾をギュウギュウ踏んづけてしまっていたことに、

残念ながら俺はまだ気が付いていなかった。




「ぐっ!?」

壁に強く叩き付けられた衝撃で、噛んでしまった口の中から血の味がした。

…これは、非常にまずい。

待ち合わせ場所に指定したフォイェンの部屋に戻ったら、いきなり胸倉をつかまれて、

ドガッと壁に押し付けられた。

ベッドにはオロオロした様子のカリムと、並んで座ってその背を撫でるオニャンゴ中隊長の姿。

…ばれたな、これ。フォイェンはかなりご立腹のようだ。


「…なんで自分が怒られてるのか、分かってますか?」

普段爽やかで穏やかな声が、明らかに怒りを孕んだ低い声に変わっている。

ついこの前、カリムをからかった同級生に怒っていた時より、更に低い。

「…カリムがとても心配してたんですけど。

 貴方、私達に嘘を吐いて、フラフラ外に出て行ったそうじゃないですか。

 私達のところに途中からオニャンゴ中隊長が合流してくださって、貴方が中隊長達を探すでもなく、

 まっすぐ外に出て行ったのを見かけたと教えてくださいましたよ?」

「…お前さんが気分を害して先に帰ってしまったのかと、カリムがすごく取り乱していたよ。

 外に行くにしたって、何か一言言っていくことは出来たんじゃないのか?

 ここは君の学校ではないんだし、何かあったらとフォイェンも心配していたぞ」

…まずいなあ、こんなに怒るとは思っていなかった。

ばれたところで、「いやあ、ごめんごめん☆」くらいで済むと思っていたのに。

オニャンゴ中隊長やフォイェンの俺への信頼度をすっかり下げてしまったようだ。


「…すの、すみません。ちょっと独りでやりたいことがあって…」

「その『やりたいことがある』ことを、私達に言って行ってもよかったのではないですか?

 貴方がやったことは、ただの嘘吐きです。

 友人であるカリムや私を偽ってまで、一体何を隠れてやりたかったというのですか?」

「…っ、あのよ、レッカ…」

「カリム、少し黙っていてください。貴方ではきちんとレッカを怒れないでしょう?」

いつもカリムに甘いフォイェンが、ぴしゃりとカリムを黙らせる。

…おおお…マジで怖いな、怒ったフォイェン…。

「フォイェン、ちょっと外で話してきなさい。私とカリムはここでお茶を飲んでいるから」

カリムがハラハラしながらこっちの様子を窺っているのを、オニャンゴ中隊長が

その視線を遮るように座り直し、フォイェンに向かってヒラヒラ手を振る。

…その展開は、多分俺にとっていちばんキツイやつだな★

年の功か、中隊長は悪ガキの叱り方もお上手と見える。


俺は逃げ出さないように手首を痛いほどの力で引っつかまれ、近くの人気のない男子トイレに連れ込まれた。

なんかリンチみたいで怖いなあ…。

「……で?言い訳があるなら、聞きましょうか?」

上背のあるフォイェンが、腕を組んで仁王立ちで俺に向き合う。

こ わ い。

普段から教師っぽい雰囲気のあるフォイェンだが、今のフォイェンはまさにカミナリ教師だ。

ここにカリムがいなくて正直よかった。


「……その、すまなかった」

「嘘、吐いたんですね。どうしてですか?貴方、神父になるんでしょう?

 どうしてそんな軽率で卑劣な誠実さの欠片もない行為をしたんですか?」

ドスの聞いた声で矢継ぎ早に繰り出される他人行儀な敬語が、また怖かった。

「……すまない」

「貴方が嘘を吐いたと知って、カリムがどれだけ傷付いたと思いますか?

 貴方はまっすぐで、嘘なんか吐ける人じゃないって信じてたのに。

 だからこそ、自分が気付かぬうちにとんでもないことをしてしまったのではないかって、

 真っ青になってたんですよ?

 貴方からしたら、ちょっと自由行動したくらいで何だよって感じかもしれませんが、

 それによって傷付いた子がいるんですけど?」

…カリムのいい子ちゃんめ。俺のこと本当に信じてるんだなあ、あいつは。

あまりの純粋培養っぷりに、流石に罪悪感がのしかかってくる。


「……実はな、カリムの誕生日が来月なんだよ。

 この辺にいい店とかないかなと思って、街をブラブラしてたんだ。

 黙ってコソコソ出て行ったのは、流石に悪かったよ」
      ・・
…正直、それが本来の目的では全くない。

だが、カリムに甘いフォイェンなら、この理由だったら絶対俺を許すはずだ。

人の誕生日を利用した嘘の言い訳は、流石に自分でもちょっと卑怯だと思ったが、全ては太陽神のためなんだ。

俺の罪悪感など、太陽神の前ではちっぽけなことだ。

フォイェンは目を見開き、やがて納得したように怒らせた肩を降ろした。


「…そうだったんだ…。じゃあ、こっそり抜け出したのって…。

 カリムはともかく私は誘ってよ、そういうのは…」

はあ〜と、フォイェンが大きな溜め息をつく。

「いや〜、スマンスマン。心配させちゃったな☆」

「全くだよ。カリム、自分は何をしてしまったんだろうかとか、
 ・・
 あのレッカが怒るようなことをやらかしちゃったんだとか、

 君が怒って帰っちゃったのなら追いかけなきゃとか、すごく気に病んでたんだよ?

 カリムが人を傷つけることにとても敏感な子だってのは、分かってるでしょう?」

ふと、あの大聖堂で完全に血の気の引いた顔で必死に大人ぶっていた年下の姿が思い浮かぶ。

…以前カリムがストレスで倒れたことがあったが、あれに丁度行き会ってたフォイェンは、

またカリムが倒れるかもと思って相当やきもきしたんじゃないだろうか。

それを俺が軽率に引き起こしたとなったら、そりゃキレもするよなあ…。


「ああ、悪かったって…。本当に、深く考えてなかったよ。さすがに反省してる。

 でも、プレゼントのことは内緒にしたいんだ。悪いんだけど、口裏合わせてくれないか?」

「…いいでしょう。それで、結局プレゼントは買ったのかな?」

「いいや、今日のところはリサーチだけだ☆

 今度、カリムが補講の日にでも、改めて一緒に買い物に行かないか?」

「ええ。では、そういうことで」

穏便に話が付いたところで、オニャンゴ中隊長に預けたカリムを迎えに行く。

孫と似たような年頃の俺達に甘いオニャンゴ中隊長は、今日もカリムにお茶とお菓子をたっぷり与えて

ゆったりお喋りしていた。


「っ、フォイェン、話って…!」

食べかけのどら焼きとほうじ茶をオニャンゴ中隊長に預かってもらって、カリムが慌ててこっちに駆け寄ってくる。

「ああ、ごめんねカリム、ちゃんとお灸を据えてきたよ。今後はもう勝手な行動は控えるように言い聞かせたから」

「悪かったな、カリム。ほら、お前がいると、買い辛いものもあるんだよ。えっちな本とかさ☆」

「え…それでいいの?」と小声でフォイェンが呟く声がしたが、

 耳までカアッと真っ赤になったカリムの反応が面白かったので、それでいいんだ★

「は…ハァァ!?てめ、人に心配させといて、おまっ…!!……!!バカじゃねェのマジで!!?」

「カリム、怒っていいぞ。フォイェン、本当に反省したんだろうな、こいつは…」

「は、はい、まあ…。レッカ、ちょっとまた後で話あるからね?」

カリムどころかオニャンゴ中隊長にまで汚物を見る目で見られてしまったが、まあいいだろう。

どうせ後でいい子ちゃんのフォイェンが、オニャンゴ中隊長にもカリムの誕生日のことを話すだろうから。


「ごめんなカリム、本当に、お前が何かしたとか、そういうわけじゃないんだぜ☆

 ただ、俺も男の子だから、独りで達成したいこともあるのさ☆」

「うるせェクソがくたばれ」

「くたばれはやめよう、カリム。神父だからな☆」

「いや、クソも注意しようよ」

すっかりいつもの様子に戻った俺達を見て、オニャンゴ中隊長がほっとしたように胸を撫で下ろした。


「はあ…。全く、余計な気を揉んでしまったよ。

 …ああ、そうそう、カリム、さっきの話だけど、今からでもよかったら寄ってみようか?」

「あ、はい。ありがとうございます」

「さっきの話?☆」

「うるせェ黙ってくたばれ熱血クソ野郎」

うちの末っ子が相当ご機嫌斜めである。

「…私達、兵器開発室に行ってみたでしょう?

 そこでとりあえずカリムの能力を説明して、どういうものがカリムの『理想の武器』になるのか、

 一緒に考えていこうって話になってね」

「カリムは今まで武器として楽器を選んでいただろう?

 よかったら参考までに、第1の聖歌隊がお世話になってる楽器店に連れて行こうかという話になってね。

 ただ、待ち合わせ時間も近かったから、お前と合流してから訪ねようかと思ってたんだが…」

ちなみに、さっきの説教事件で、更に30分ほど時間が過ぎている。

「それについては本当に反省してます。で☆カリム、行くのかそこに?」

「行くのであれば、聖歌隊の代表のシスターに話をつけるぞ?」
                  ここ
「…じゃあ、お願いします。折角第1来てるんだし…」

この件の主役であるカリムが望むのなら、俺達に言うことは何もない。

カリムが食べかけのお菓子とお茶をしっかり楽しんでから、

俺達はだいぶおなじみとなったフォイェンの部屋を出た。




「…ということなんだ。すまないね、シスター・水瀬。着いてきてくださって」

「いえ、大隊長からもお話は伺っていますので。

 それに、いつも大隊長から言いつかってレンタルしている楽器、あれも実はこのお店から取り寄せているのですよ」

バーンズ大隊長よりは少し若いかな、くらいのベテランシスターが、なじみの店長を呼びにいってくれる。

彼女が聖歌隊のリーダーだそうだ。

いわゆる『教会』であるこの第1では、孤児院の慰問や夏祭りなどのイベントでの定期コンサートを行っているため、

聖歌隊の活動がとても盛んなんだそうだ。

俺が孤児院にいた時も、近所の一般教会やシスター・スミレの修道院から聖歌隊が来てくれるのを、

みんな楽しみにしていた記憶がある。

エリートである第1の聖歌隊は、かなりのレベルなんだろうなあ。


ピアノにパイプオルガン、クリスマスの時期には色とりどりのハンドベル。

楽器や楽譜の購入からメンテナンスまで、第1大聖堂のすぐ近所にあるこの大型楽器店が受け持ってるらしい。

「お話は聞きました。能力で楽器を使うんですか…。変わっていますね」

恰幅のいいヒゲのダンディな店長が、珍しそうに上から下までじろじろとカリムを見つめる。

「も、元々俺、吹奏楽とか好きだったので。それが能力と関係してたのかは知らないですけど…」

「最近、大隊長から楽器のレンタルを頼まれてるけど、あれは君が使ってるんだ?

 いつも綺麗に返してくれてありがたいけど、あれを戦闘で使ってるの…?」

「う…その、すみません、訓練とかで使ってます…。楽器を決して乱暴に扱いたいわけじゃないんですけど…」

まあ、実際現場に楽器なんか持っていったら、そりゃ色々あるだろうし、

ボコボコのボロボロになっちゃったりもするだろう。

だからこその『鎮魂専用のカリムの楽器を作ろうプロジェクト』なのだが。

レンタルしてる側からしたら、カリムの人柄や楽器の取り扱い方は気になるとこだろう。


「あの…俺の能力、管楽器に熱や冷気を通すんです。

 別に、絶対の絶対に楽器じゃなくちゃいけないってんじゃないんですけど…。長いパイプとかでもよくて。

 ただ、管楽器って元々『空気を通す専門のもの』だし、パイプの長さも、曲げてある分、

 ただの鉄パイプとかの何倍もあるから、音や熱気をグルグル巡らせるのに適してるって言うか…」

口の達者な方ではないカリムが一生懸命言葉を選びながら喋っている。

大変微笑ましいが、ここで笑うときっとまずいことになるので、しばらくお口にチャックをしておく。


「今まではどんな楽器を使ってみたのですか?」

シスターも話に参加してくる。

「バーンズ大隊長が色々持ってきてくれたのは、一通り…。

 パイプの長さはあればあるほどいいけど、チューバみたいなデカさになると、持ち運ぶのは流石にきつくて…。

 ベルがあっち向いてるホルンなんかも向かないし、中で温度がめまぐるしく変わるので、木管楽器はもうアウトです。

 それから…」

正直、楽器のことはちんぷんかんぷんだ。

「なあ。全然分からないなあ、話聞いてても?」

フォイェンやオニャンゴ中隊長の様子を窺ってみるが、二人も楽器のことは専門外らしい。

「まあねえ。でも、カリムが楽しそうに生き生きしてるのはいいなあって思うよ」

「そうだな。やっぱりこう、好きなことで歳相応にはしゃいでるところを見ると、安心するなあ」

…ぶっちゃけ、この人達は楽器のことは正直どうでもいいらしい。

それを好きな人が楽しめばそれでいいんじゃないかなスタイルだ。


「そういえば、カリムは楽器を二つ使うよね。管楽器とハンドベル。あれはどうしてなの?

 武器が一つの方が…両手がふさがらない方がいいんじゃないの?」

「あー…ちょっと説明が長くなるんだが」

「いいよ、教えて?」

フォイェンがにこにこ先を促す。

「ええと…まず、ベルじゃなくてもいいんだけど。声とかでも。

 それで、『音をぶつけてその音と炎を同化させる』ってとこから始めるんだ。

 ただ、それだと出来上がった『音になった熱』がその場に残って、ほっといたら拡散しちまうだろ。

 その『音になった熱』を拡散される前にパイプとか一箇所に集めれば、それは拡散しないで

 少し冷えた熱になって、それをまた音に変えて…ってやってくと、温度がどんどん下がって氷になるんだ」

「なんか料理か実験の番組みたいだな☆」

正直、説明してもらってもよく分からん。

「例えば、管楽器だったら、吹き口に口つけてベルから音が出てるわけだから、

 もし管楽器から出した音で『音になった熱』を作った場合、

 それはどこから楽器に入ってどこから出て行けばいい?」

「ええと…口の両方が『音になった熱』を作るためにもうふさがれちゃってるから…」

「冷やすために口を離したら、そこで最初の『音になった熱を作る』工程がもう出来なくなるだろ?

 一口に『氷を作る能力』って言っても、そこまでにする作業は一種類じゃないから、

 結局楽器一つじゃ追いつかねェんだ」

「ふうん、そういうことなんだ…」

「どういうことだ?」

俺にはさっぱりだ★


「カレーを作る時に、材料を切るのは包丁だけど、煮るのは鍋だろう?

 包丁で材料は煮られないし、鍋で材料は切れない。

 でも、使う器具が違っても、最後に作られるのは結局『カレー』だ。

 材料が炎で包丁がベルで、包丁で切った材料が音。鍋が管楽器で、カレーが氷だな」

オニャンゴ中隊長にかかれば、カリムの能力はカレーになってしまう。

でもその言い方なら、俺にも想像が出来た。


「鍋一つだけや包丁一つだけじゃカレーは作れないんですね!分かりました☆」

「俺の能力が美味そうになっちまったんだけど…」

「まあまあ。レッカがようやく理解してくれたんだからさ」

「つまり…その『鍋』の方を作りたいんですね。頑丈で、しっかり煮えるものを」

シスターまでカレーの話に便乗してきた。カリムが渋い顔になる。

「まあ…そうですね。火災現場で永く使えるような武器があったらいいなと…」

「『包丁』の方はいいのかしら?特注しなくても」

「ええと…俺の能力、チューニングは勝手にしちまうらしいんで。

 普通の人でも、波長が上手く合えば、声だけで蝋燭の炎を消したりできますよね?

 俺がそれをやると、俺がどの音を出そうが、能力で勝手に波長が合ってるみたいなんです。

 だから、正直そっちは何使ったって大丈夫なんです。声だって、手拍子かなんかだって。

 普段は、簡単に大きな響きが出せてそんなに疲れないから、ベルとか鈴とか使ってます」

改めて考えてみたら、カリムの能力ってすごい複雑な能力なんだな。

俺なんか、もう「炎よ、出ろ!」で終わっちゃう感じだけど。

勿論、第三世代も火を出すのに使う酸素の量とか、放出する分量とか、細かく気にすることはあるんだけどさ。

カリムの能力の方が、より理科理科してる感じがする。


「なんかすごいんだなあ、能力者って…。俺にはさっぱりですよ」

「もっと能力が単純な者の方が多いですよ。

 この子の能力は複雑だし珍しいので、我々もしっかりサポートしてやりたいんです。

 お力添え、お願いします」

店長が困ったように頭をかくが、オニャンゴ中隊長に頼み込まれて姿勢を正す。

「軽くて管が長いといえばトロンボーンだよね。大きさで言えばチューバ?

 君、特に好きな楽器はある?」

「…神学校入る前の中学で、吹部でペット吹いてました」

「じゃあ、トランペットも。この辺りを設計の参考にしましょうか?」

ガチャガチャと楽器が運び込まれ、ケースの中に分解してしまったあったものを、

カリムとシスターと店長が組み立てていく。

素人である俺には、正直見ても良し悪しが分からない。


「まあ、これは分かるぞ。パ○ーのやつだな!」

「それがトランペットだよ。吹奏楽部だと、一番高い音の担当楽器。

 大雑把に言うと、小さい楽器は高い音、大きい楽器は低い音が出るんだ。君、試しに吹いてみるかい?」

店長に勧められるも、小さなパーツがゴチャゴチャしてて、なんか壊しても嫌なので遠慮しておく。

「じゃあ、こっちのでっかい奴は、メチャクチャ低い音が出るんですね?☆」

「そいつはチューバ。いちばん大きい楽器で、大体10〜15キロくらいある。

 これを火災現場に毎回持ち運ぶのは、大変だろうね」

「10キロって、米袋くらいあるじゃないか!!吹奏楽部って、そんなの使うのか!?」

「『体育系の文化部』っていうからなァ…」

「あ、吹奏楽器以外にも、ハンドベルもありますよ。これは、聖歌隊で使ってるものなんです」

そう言ってシスターが向こうから持ってきたのは、普段カリムが使ってるものより一回りくらい大きい、

金色の、表面に聖陽十字が刻まれたベルだった。


「さっきの理屈で言うと、カリムがいつも使ってるものより音が低いんですかね?」

「んー…。基本的にはそうなるけど。でも、ベルみたいなのは材質とかの方が影響でかいんじゃねェかな」

「そういうものなのか?」

なんとはなしに手にとって、カリムがベルを振り下ろす。

チリィーーーーン。

「お☆」

「わあ」

「ほう」

めちゃくちゃ涼しい音が出た。

うん、まさに『涼しい』って感じだった。思ってたより全然高くて綺麗な音だ。

涼しい空気の見えない波が、俺達のいるこの部屋に染み渡っていくようだった。

「へえ!音、綺麗だな!」

「そうだね。ただ鳴らしただけでも十分いい音だったよ」

「カリム、もう一回聞かせてくれないか?」

大好評である。


「……」

カリムはしばらく無言でそのベルを上に振ったり下に振ったり、表面や持ち手を指でなぞってみたり、

挙動不審にしている。

「ん?どうしたの、カリム?」

「べ、べつに、なんでもなんでもない!!」

――あ、これ、気に入ったな。

慌てて近くの机の上にベルを返すのだが、指が完全に離れていかない。

俺達に気付かれないようにしてるつもりだろうが、その指が名残惜しそうに表面に残って、内心を物語っている。

一目惚れならぬ、一聞き惚れなんじゃないか?★


「ちなみにこのベル、特注品ですか?☆」

「なっ!?」

ひょいっとベルを取り上げて、ガランガラン振ってみる。

む?単純な楽器なのに、何でかイマイチカリムみたいに綺麗な音が鳴らないな。

カリムの音は『教会の鐘』のイメージそのものの清冽なものだったが、俺が鳴らすと商店街の福引レベルだ。

一体何が違うんだろう★ベルをカリムの手に返す。

「ああ、ハイ。いつも注文してもらってます。

 聖陽教会のためだけの、特別な聖陽十字の入った鐘です。

 第1から注文が入った時に作るんですよ。今回は、クリスマスコンサートに向けてのご注文でしたね?」

「ええ、そうなんです」

「つまり、これ、ほっとけば第1で買われちゃうんですか?」

「?どうしたの、それが何か?」

シスターが首をかしげる。

「いや、これ、俺が欲しいなって☆」

「ハァ!?お前が?何で急に!?」

目を白黒させるカリムに、状況を察したらしいフォイェンが、にっこり底の知れない笑みを見せる。


「…カリムって誕生日来月だよね?じゃあ、プレゼントとかにいいかもね?」

あ!!フォイェン、お前、言っちゃったな!?しかも、わざとだろ。

俺に向かってクスリと笑ったその顔に、若干の悪意を感じる。

「ハァ!?え、あ、何でフォイェンがそんなこと知って…」

「え、そうなのか?何だ、カリム、教えてくれればいいのに。何か欲しいものとかあるのかな?」          

「ハ、え、えっ、そんな、オニャンゴ中隊長っ…」

「ほら、欲しいもの!言えよカリム!今手に持ってるもの、何だ!?」

「ハァ!!?」

そこまでくるとシスター達も事情を察したようで、微笑ましそうな笑みが顔に広がる。


「それ、気に入っていただけたかしら?綺麗な音が鳴るでしょう?」

「ッ!!!」

ぶわっと、色白の顔が真っ赤に染まる。彼女の目が一気に好意的なものになるのを感じた。

こいつ、いつもそうやってりゃ、もっと可愛がられるのになあ。

「それ、試奏用の年季の入っちゃってる奴なんで、もしよかったら、倉庫から未使用のものを出してきますよ。

 どうですか、今日持っていかれますか?」

店長もニコニコだ。

素直じゃない子がこう素直になる瞬間というのは、なんと破壊力のあるものなのか。


「おや、いいんですか?ちなみに、お幾らくらいで?」

オニャンゴ中隊長もニコニコしながら財布からクレジットカードを取り出した。

フォイェンと顔を見合わせる。

…まあ、俺達は今度一緒に買い物に行こうかって思ってたし、ここはオニャンゴ中隊長に譲るのがいいかもしれない。

これがお幾らくらいのものなのか、正直俺らには分からないし。

この中でいちばんおかねもちであろう中隊長が買うのが、いちばん平和だろう★

そのかわり、カリムの嬉しそうな顔を独占する権利も奪われてしまうけれど。


「あ、ま、待ってくださ…っ!」

すっかりその新しいベルを買うノリだった俺達に、当のカリムから待ったがかかった。

「え?何、どうしたのカリム?」

「何か問題があったか?☆」

「…これは、欲しくないのか?」

「あ、いや、その…」

ごにょごにょ言葉を濁すので、俺とフォイェンはわざとカリムに近づいて声を拾う。

「が、楽器ってのは、同じものでも手作りとかで音が違うこともあるんだよ…」

「へえ?」

「だ、だから、その、その新しいベルって…そいつが、『これ』と同じ音が絶対出るってわけでもなくて…」

「そのこころは?☆」

大体言いたいことは分かってきたのだが、つい決定的な一言を自分の口から言わせたいドS心のようなものが

むくむく持ち上がってきてしまって、わざと何回も聞き返してしまう。

「カリム。無理はしなくていいけれど、よかったら教えてくれるかな?

 ちゃんとお前が望むことを叶えてあげられたら、すごく嬉しくなるからな」

オニャンゴ中隊長に言われてしまうと、カリムももう白旗を揚げるしかない。

「……この…こいつが…その…こいつだから……。『こいつ』がいい………」

どんどん小さくなっていく声に己の口元が緩んでしまうのを、なんとか堪える。

常日頃からニコニコしているフォイェンは、遠慮なくニマニマしてるが。


「じゃあ、『その子』を買おう。いいな、カリム?」

「けどっ……でもっ……!」

なぜか未だに物欲と理性に挟まれてぐぬぐぬ唸ってる様子に、フォイェンが助け舟を出した。

「どうしたの?何がそんなに気になってるの?」

「…いや、その、これ、第1の特注で…要は備品で…」

「あら、そんなことを気にしてたの?いいのよ、これとは別に注文し直せばいい話じゃない」

「だ、第1の特注で…。第1専用のデザインだし、俺が第1に入らないと、意味がないっていうか…」

「あれ?君、第1入る子じゃないの?第1の人達と来てるのに」

「き、希望はしてますけど、配属先が決まったわけじゃないから…」

よくもまあ、そんなつまんないことで次々悩めるものだ。

プレゼントで貰えるっていうんだから、そこは素直にホクホクしときゃいい話だろう。


「そ、それに、現場で破損するかもしれないし、本来の使い方とは違う扱いするのに…。

 ベルの方だって、綺麗な大聖堂で本来の使い方された方が、嬉しいに決まってる」

そんな擬人化されましても。

フォイェンと目を合わせると、苦笑しながらヘルプに入ってくれた。

「そうかなあ。カリムは人を守るために、このベルを使いたいんでしょう?

 そういう生き方があってもいいと思うんだよね、このベルさんも。

 案外、他の無難に生きてるベル達と違う生き方が出来て、嬉しいかもしれないよ?」

フォイェンまで擬人化を始めやがった。

「そうだな。他のベルと違って、現場でナマで人々を救ったり、感謝されたりするのに立ち会えるんだしな。

 結構楽しいベル人生かもしれないじゃないか。ほら、レッカも何か言ってやりなさい」

俺の頭の中がすっかりベル君の壮大なメルヘンストーリーになってるところに、

明らかに親友の俺にトドメを刺させようという、オニャンゴ中隊長からのセンタリングが届いた。

「は、はい。まあ、たまには素直になっとけって☆みんなこう言ってるんだし!

 『そいつ』も、一目惚れされたお前にいっぱい手入れしてもらって、いっぱい使い倒してもらったら、

 きっと本望だぜ☆」

俺達みんなに促されると、カリムは恐る恐るといった様子で、店長にベルを差し出した。


「では、誕生日用ってことで、リボンでもサービスしときますか?」

「ああ、頼もうかな」

店長が梱包財を詰めた袋にベルを入れ、綺麗なリボンで飾ったものを、オニャンゴ中隊長がカリムに渡す。

「はい。少し早いけど、15歳おめでとう」

「…っ、すみません、そもそも本当は管楽器の方の相談で立ち寄ったのに…」

「あ☆」

「あら、そういえばそうでしたね…」

なんかもう、全部終わった気になっていた。本題の方は一個も進んでいない。


「…今日はもう、結構時間使ったしな。

 店長、シスター、呼び出しておいて悪いんだが、今日のところはまたということでいいかな?

 この子達も暗くなる前に寮に帰したいし…」

「全然構わないですよ。君、またおいでね!

 ただ楽器見たり、上の階のCDとかオーディオ見に来るだけでもいいから」

「私も、また今度もちゃんと協力させていただきますよ。

 ねえカリム君、第1に来た暁には、是非聖歌隊にも興味を持ってね!」

今日のカリムはえらいモテモテである。クラスの奴らにこの姿を見せてやりたい。

また『大人に取り入りやがって』みたいな陰口叩かれるかもしれないけど。


大事に大事に包みを抱えて、時々嬉しそうにチラッとそっちを見るカリムが微笑ましい。

「大切に、大事にします」

「ああ。沢山使って、それで沢山の人を救っておくれ。勿論、現場以外に趣味で使ってくれてもいいけど」

「はい。――必ず。絶対に」

今まで見たこともないような素直な子供らしい表情で、白い歯を見せてカリムが笑った。




夜ご飯も食べ終わって、あとはシャワーして明日に備えて寝るだけ、という時間帯。

リィーーン、と。

涼やかな音が、開いた自室の窓から飛び込んできた。

音を聞いてるだけで体感温度が下がるような、まさに『クール』な音。

窓が面した中庭から響いてきてると察しをつけて、同室の奴に一言断ってから、

ブランケットを片手に部屋をそっと抜け出す。


「おお、やっぱりカリムだな☆」

「…レッカ?」

案の定、新しいベルを大事そうに握って、ベンチに座って物思いにふけってるカリムがそこにいたので、

俺は持っていたブランケットを差し出した。

平熱が高い俺は、このくらいの寒さではなんともないんだが、カリムはその能力ゆえ『寒さ』に対して

感覚が麻痺してしまってるのか、気が付いたらうっかり身体を冷やしすぎてしまってることがあるようなのだ。

「ベルの音が聞こえてきたんでな☆お前がいるかと思って」

「え、うるさかったか?結構聞こえちまったか?」

「いや、こんな真冬に窓開けてるの、俺くらいだろうしなあ。近所迷惑ってことはないんじゃないか?」

「…あァ、そうかい…」

素直にブランケットに身を包んだカリムが、少し迷ったように目を泳がせた後、思い切ったように口を開く。


「…あのよ。フォイェンから聞いたんだけど…。今日、嘘ついた理由って、俺のプレゼント見に行ってたのか?」

…思ったより口が軽いじゃないか、フォイェン★

今日はあいつにこってりしぼられてしまったが、次は俺があいつをしぼる番のようだ。

「…カリム、ヘッドホンとか、もういっぱい持ってるか?

 ちょっとよさそうなの見つけたんだけど、音楽関係は自分でこだわって買うタイプか?」

「え?い、いや、別に…くれるんなら、何でもありがたいけどよ…」

ごにょごにょとカリムが言葉を濁す。

…やがて、言いにくそうに頭をかきながら、俺の方にしっかりと身体を向けた。


「……今日のことなんだけどさ」

「んっ!?お、おう☆」

「……俺、口悪いから。死ねとかバカなこと言ったし。流石のお前も、もうウンザリしたのかと思った…」

弱気な言葉が、カリムの口からこぼれる。

青白い顔で口を押さえて沈み込む姿は、カリムをいつもの『しっかり者』から『不安定な少年』に見せていて、

そりゃあフォイェンやオニャンゴ中隊長を心配させたろうと思った。


――本当に、その件に関しては失策だったと思う。

カリムという人間の周囲の大人は、仲の悪い両親だったり、

なかなか会えない大隊長や中隊長やフォイェンだったり、お偉いさんの顔色を窺った先生達ばっかりだ。

現在カリムがいちばん信頼を置いているのは、頼りにしている身近な奴ってのは、うぬぼれでもなくこの俺なのだ。

その俺を傷つけてしまったり、とうとう自分は見放されてしまったかもなんて考えたら、

そりゃあ平静ではいられないだろう。

こいつだって、まだまだ子供なんだから。


「べ、別に、カリムの口が悪いのなんて、今に始まったことじゃないじゃないか!

 嫌ならもうとっくにお前から離れてるって!離れてない時点で、安心していいんだよ!」

「ずっと…本当は我慢してたのかとか、先生や大隊長達に言われてるから、本当は嫌なのに無理して付き合って

 くれてたのかとかさ。正直、血の気が引いた。色々ぐるぐる考えちまって…フォイェン達にも心配かけて、」

「だ、だから!そんなことないって!俺はカリムと友達やりたいから友達なんだよ。信じてくれって!!」

なんだか言葉が上ずってしまって、本当に信じてもらえてるか不安になってしまう。

なんか浮気現場みたいだな、これ…。


「…プレゼントの話聞いてさ。俺、お前のこと、疑ったんだなって」

「へ?」

カリムが深々と頭を下げる。

「お前のこと、勝手に小せェ奴に見て、勝手に勝手に不安になった。

 お前はそういう心の広い大きい奴なのにさ。

 本当に、悪かった。お前、むしろ俺に気ィ遣ってくれてたのにな…」

…いや、そう純粋にまるっと信じられてしまうと、こっちも言葉に詰まってしまうのだが。

お前はむしろ、もっと人を疑った方がいい。ていうか、頼むから、疑ってくれ。

なんでお前はそんななんだよ。これじゃ、俺が悪い奴みたいじゃないか。

俺の太陽神への信仰は、揺るぎない崇高なものなんだ。

これはその太陽神のための崇高な行為なんだ。

それなのに、なんでこんなにうしろめたい。なんでこんなに心臓がチクチクする。


「い、いや、謝らないでくれ。嘘をついたのは俺の方じゃないか…」

「嘘にだって、色々様々あるだろ?お前のは、その…俺のために吐いてくれてた嘘なのに。

 俺はお前の厚意まで疑って、勝手にむしゃくしゃしてよ…。

 すまなかった。サイテーで最悪だった」

そう。嘘にだって色々ある。俺の嘘は太陽神のための嘘。

お前のための嘘じゃないし、自分のための嘘でもない。

だから、怒れ。お前は怒っていいんだよ、俺に利用されてるんだから。

そんなことまで自分のせいにして、苦しまなくていいから。

お前は俺よりよっぽど純粋で正直な生き物なんだ。


「…カリムは、そうやっていつも優しすぎるぞ☆」

「はァ?ば、ふざけんなバカ!俺は真面目に真剣に話してるんだよ!!」

「顔赤いぞ。それに俺はふざけてない。

 お前はなんだかんだでいつも俺を許してくれるから、つい甘えてしまって悪いと思ってる。

 今日だって、どうせお前なら許してくれるっていう甘えがあったから、こんなことになったんだと思う。

 俺が悪かったんだ。本当にすまない」

「ハァ!?甘え…って、そんなの俺だって――じゃない、ええと、もう、そういうのいいから!

 もう、俺ら両方が悪くて悪かったことにしようぜ!謝り合ってたらキリがねェ!」

うむ、潔い。カリムのいいところだな★

「分かった。じゃあ、最後に一回謝るな!今日はごめんな、カリム☆」

「…おう。俺も、今日は悪かった」

それでお互いケリをつけて、ふっと笑った。


一度空気をリセットして、俺はカリムの手からベルを取り上げる。

今度も詰まったようなガラーン、という音が鳴り響いた。

「…何でこんなに音が違うんだろうなあ?能力使ってるのか?」

「お前はベルの部分に触れちまって握ってるだろ。それじゃベル全部に音が響かねェで音が詰まる」

「何だよ、そんなんあるのか?こんな単純な楽器なのに☆」

「単純だからこそ、だろ」

もっとフクザツな造りのトランペットだのホルンだのもいじるカリムの手は、こんな単純なベルにも丁寧だった。

そういや機械いじりとか結構好きなんだよな、こいつ。

技術家庭科や音楽や美術といった一つの課題に時間をかけるものは、ことごとく

レポートと他の補講に変更されてしまってるカリムだが、実はその手のものがとても好きで、

内心残念に思ってるのを俺は知ってる。

こいつの純粋な他人を思いやる気持ちは、命のないモノにだって向く。


ああ、本当に、何でコイツは伝道者じゃないんだろう。

シスター・スミレにはよくカリムのことは話してるけど、コイツを伝道者に引き入れるお許しはいつも出ない。

俺みたいに幼少期からずっと前から神や伝道者の教えを受けている者ではないから、

その教えに反発するかもしれないってのが理由だ。

確かに、カリムはつい数ヶ月前まで一般人コースの人生を歩んできた奴だからなあ。

太陽神だの『この星を太陽に』だの、そんなこと急に言われてもびっくりして、

『馬鹿なこと言ってんじゃねェよ』ってなってしまうかもしれない。

なまじバーンズ大隊長やオニャンゴ中隊長もお気に入りの子だし、

『言うこと聞かなかったら殺してしまえばいいじゃん★』なんてわけにもいかないんだそうだ。

まだ我々はおおっぴらに姿を見せることはできないからなあ★

こちらの準備が整うまで、カリムの信仰心が整うまで、どちらにせよまだまだ時間はかかりそうだ。


「…なあ、カリム。神父を目指して半年くらい経つけど、どうだ?」

「どうって…。そんな、漠然と」

「今までよりは、神とか、形の見えないものに祈るとかさ、そういうものに濃厚に触れてきたわけだろ?

 自分の中で変化とか、あったか?

 俺は孤児院育ちだし、子供の頃からそういうものに触れるのが当たり前だったじゃないか。

 でも、お前は育った環境が違うから、当然俺と考え方も違うわけだろ☆」

カリムの気持ちを試すために話を振ると、うーん、とカリムがしばし考えモードに入る。


「…まあ、今までは『神』とか言われましても、見たこともねェし、周りに能力者もいない環境だったからさ。

 まあ、そりゃお祈りとかはするけど、イマイチ壁の外って言うか、遠い存在みたいな感じだったんだよな。

 でも、俺今氷とか普通に出してるじゃねェか。お前だってフォイェンだって、バカバカ炎出すし。

 奇跡みたいなことって、実際こんな身近にあるわけじゃねェか。

 これで神とか奇跡とか、絶対にないとか思えねェだろ?

 そういう意味じゃ、前よりずっと『神様』のことを信じるようにはなってる…と思う」

「うん☆」

「『神』なんて会ったこともねェし、会えるわけもねェから、そんなヒト?神?の考えることなんて、

 幾ら祈ったって俺なんかには本当には分からないだろうけどさ。

 だって、同じ人間のことだって、全然分からねェんだし。

 …でもよ、少なくとも、相手がどうとかじゃなくって、そこに自分から気持ちを捧げるその行為については、

 素直にすげェものだって思うようになったかな。

 その『捧げる相手』ってのは、神であれ人であれ、だけど。

 …神父としては、そこで『神』が一番じゃなきゃダメなのかもしれないけどさ」

「…そう思えるお前は、消防官としても神父としても、立派にやってけると思うぜ☆」

「バカにしてる?」

「してない、してない。真面目に、同じ神父を目指す仲間として、そう思ってるよ。

 純粋な神への思いと、ヒトへの思い。俺はちゃ〜んと受け取ったぜ☆」

ウインクしてそう言ってやると、カリムの表情がふっと和らいだ。


ああ、お前はきっと、その正義感でこの星を太陽にすることを受け入れられなくても、

俺が純粋に太陽神を信じていたこの気持ちは信じてくれるんだろうな。

それは、例え俺と信じる道が分かれたとしても、だ。

そう思えば、さっきのうしろめたさが少し和らいでいく気がした。
         きもち
こいつは、俺の信仰を拒否したりしない。

同調できなくても、理解できなくても、きっと俺ごと受け止めてくれる。そういう奴だ。


「…お前に言われると、わりと素直に受け取れるわ。

 フォイェンとかだと、『こいつ気を遣って言ってるんだろうな』って思っちまうし」

おおう★フォイェン、かわいそうに。あんなにカリムを気にかけてるのに。

「あっはっは、そうか?☆」

「お前は裏もクソもねェからな。気を遣うもクソもねェだろ?」

そうやって俺よりよっぽど裏もクソもない奴が苦笑する。

「…俺、絶対第1入る」

ベルを両手で握り締めて真剣に言うその姿に、思わず俺は噴き出してしまって、

猛烈なスネ蹴り攻撃をいただいてしまうのだった。


「さて。そろそろ冷えるし、いい加減中入るか☆」

「おう。ブランケット、洗って返すわ」

「別に、俺は気にしないけどなあ☆」

「俺が気にするんだよ」

二人仲良く立ち上がって、寮の建物内へ戻る。

見上げた夜空には、俺の苗字と同じ、幾千ものきらめく星達が、今日も俺を見守っていた。




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