『あの時』のことを、今も時々夢に見る。

もう顔なんかもうコゲコゲだったことしか覚えちゃいねェくらいなのに。

コアが砕けた瞬間の、場違いに澄んだ『カシャーーン』って音は、ずっとずっと耳から離れない。

『それ』は目の前でみるみるうちに灰になって、風にさらわれて、どんどんどんどん小さくなっていって。

『大丈夫か!?』とか『君、能力者なのか!?』とか、多分周りから色々言われてたと思うけど。

俺の耳には『カシャーーン』って音が何度も何度も何度も響いて、残って、へばりついて。


「……」

気持ちの悪さで目覚めた時。

最近出来た『お守り』を取り出して、握り締める。

リイーーン、と。澄んだ鐘の音。

これを聞いてると、さっきとは別の世界に来たみたいに、嘘みたいに気持ちが切り替わる。

もやもやした気持ちを切り裂く音。色々なヒトのおかげで、今、俺の手に納まっている。

リイーーン、と。もう一度、打ち鳴らす。

気持ちを鎮める『教会』の音。

「…もう一度、寝直すか…」

起床時間にはまだ全然早かったから。

俺は『お守り』をベッドボードの上に置いて、毛布に包まり直した。



     青色のホリデイ



「…で、今日は独りなのか」

「…はい」

今日は土曜日。
                   ここ
最近、よく土曜日にフォイェン達と第1に来ることが多くなったので、教師陣が相談したのか、

土曜日は補講が極めて入りにくくなっていた。

今日も折角そうだったのに、レッカとフォイェンは俺の誕生日プレゼントを見に行くとか言うので、

俺を置いて二人だけで出かけてしまった。

あんまりヒマでヒマだったので、時間が勿体ないし、オニャンゴ中隊長とかいないかなと

第1に電話をかけてみたら、なんとちょうど週休だったバーンズ大隊長に会ってもらえることになった。

レッカざまあみろ。


そんな俺の様子がふて腐れてるように見えたのか、バーンズ大隊長は俺に近づいて、

笑いながらなだめるように頭をわしゃわしゃ撫でてくる。

「しかし、来週には誕生日か。おめでとう。ケーキは何が好きだ?」

「っ、催促してるわけじゃないです!」

「折角の誕生日じゃないか。遠慮するな。

 オニャンゴからはそのベルを買ってもらったんだよな?他に欲しいものはあるか?」

「〜〜〜その話はもういいから!今日は、こいつに合う武器が早くとっとと欲しくて来たんです!」


あの日から、俺の腰にぶら下がるようになった『相棒』。

オニャンゴ中隊長からのプレゼントだと知ったクラスメイトからは、『また贔屓だ』って感じの嫌な視線を向けられたが。

もう無視だ、無視。これは『誕生日プレゼント』だ。年に一度の贅沢だ。

中隊長が『俺に』くれたんだ。俺の能力のための『備品』なんだ。

レッカとかが言うように、堂々と泰然としてればいい。


「開発室も頑張ってるんだが、なにぶんお前のような能力者は珍しくてな。

 大体の形は出来上がってるようだが、時間がかかっているようだ。もう少し待ってやってくれ」

「…はい」

「さて。時間もあることだし、今日は折角だからお前の能力を見てやるか。コートに来なさい」

「はい、お願いします」

今日はそのつもりで、吹奏楽器の中では持ち運びが楽な類のトロンボーンを背負ってきた。

聴く分には好きだけど、演奏するとなると、俺が今までやってきたトランペットとは

演奏法や譜面が全然別物なので混乱してしまって、正直そこまで好きではない感じだが…。

まあ、武器として使うのであれば、そんなそんなのは関係ない。

長い管とか目標に向けやすいベルの位置なんかがいいなと思うが、

逆に軽すぎて、熱気を通す時に本体が跳ねて暴れやすいのが悩みどころかなと思う。

それを踏まえて、今、トロンボーンとチューバとトランペットのいいとこどりみたいな

武器を開発してもらっているのだが…。


大聖堂の長い長い廊下を、バーンズ大隊長の少し後を着いて歩く。

…ほんの少し前までは、これが当然で当たり前だったと思う。

レッカはレッカで出る授業も違いがあるし、常にいつも一緒に居るわけでもなくて。

俺だけ別行動の時に大隊長が様子見に来て、合流できなかったレッカが羨ましがって騒いだり、

教師陣がヘコヘコしたり俺を腫れ物扱いするのに内心うんざりしたり、後でクラスメイトに睨まれたり…。

最近じゃ、たとえレッカが居なくてもフォイェンが横に居たりすることがあるし、3人で遊ぶこともあるし、

第1に来ればオニャンゴ中隊長や知り合いの先輩なんかが俺らを見つけてちょっかいを出しに来たりもして…。

気がついたら、神父になるために独りで編入した俺の周りは、賑やかで騒がしくなっていた。

その分、こうして『元』に戻った時に、少し前の自分がどんなテンションしてたかわからなくなる。

俺の、自分のことなのに。



大分おなじみになった能力者訓練用のコートに入り、楽器を用意する。

トロンボーンのいいところは、組み立て・分解がメチャクチャ簡単ですぐ済むところだ。

二つのパーツを繋いでマウスピースを挿すだけで、もう演奏が出来る。

ピストンとかないので、メンテも簡単でささっとしまって片付けられる。

「お願いします」

「ああ。まずは、これくらいから」

第二世代の俺の訓練は、バーンズ大隊長が着けた火をどんどん次々凍らせていく感じになる。

火の大きさを変えて、凍らせる目標を変えて、精製する氷の形を変えて。コントロールを極めていく。


「例えば、階段や滑り台のように出来るか?屋上などに避難した人を逃がすのに有効だから」

「はい、やってみます」

まずは実際の建物の『壁』に見立てて、氷の壁を厚めに精製。

そこに、階段の材料として、長さを調節した氷柱を段状に撃ち込んだ。

それを支柱にして凍らせようと考えたんだけど、氷に氷ではいまいち攻撃が通らず、どうも刺さりが甘い。

「…レッカとかフォイェンが居たら、これをもっとぐいっと食い込ませてもらいます」

「では、私がやろう。

 現場では、他の隊員と協力することも大切だから、そういうことはどんどん頼んでいいぞ」

バーンズ大隊長が、浅く刺さったり刺さらず落ちてしまった氷柱の先を、熱を宿した指で撫ぜて鋭利に整え、

氷壁にガッツリ刺してくれる。

それにうなずいて、俺は氷壁ごと氷で飲み込んだ。

刺さった氷柱の足場達が、うまいこといい感じに段差になってくれた。成功だ。


「ふうっ…」

第三世代みたいに体内の酸素を使うわけじゃないけど、精神力が削られていくというか、結構な脱力感がある。

よく『魔法使いみたい』とか言われる能力だけど、本当に、使った魔力が身体から減っていくような感覚だ。

俺のは『氷』の能力なので、汗とかはあまりかかずに済むんだけど、逆に身体が冷えるっていう欠点もある。

ちょっと前、体調不良で身体が勝手に冷えすぎて、頭や手足や口がロクに動かせなくなって、

慌てたフォイェンに救護室に担ぎ込まれたのは、未だに黒歴史だと思ってる。

でも、こういう『奇跡』を起こすためには、ノーリスクではいられねェよな。


「食堂でスープを貰ってあるから、飲んで一回身体を温めなさい。

 それと、これを履いて。上まで登って、そこから今度は滑り台を作ってみて欲しい」

「はい」

渡されたスープジャーのコーンポタージュを腹に収めてから、いわゆる雪山用の登山靴とグローブを装備して、

2階建てと3階建ての中間くらいの高さで作った氷の階段を登っていく。

氷柱の数が階段の段数と同等なので、必然的に段は大きく、間隔も大きめだ。

この辺の調整も必要かなと思う。


普通の階段の1〜2段飛ばしくらいの感覚で、大股で、足が滑らないように気をつけて登りきる。

頂上に辿り着くと、広くて広大な第1大聖堂の敷地を見下ろす形になった。

勿論、死ぬほど高い聖堂の塔や聖堂前のオベリスクなんかよりは、俺の位置は低い。

でも、下の方に居る大隊長をこうして見下ろしたり、コートの近辺の中庭とかでシスターや神父が

休んだり次の目的地へ向かって歩いてるのが見えたり、なんだかいつもは見ない色々なものが見える。

…しばらく前まで、俺はずっと地面のところだけに居て、同じ方向でばかりものを眺めていたと思う。

こうして視点を高くして俯瞰で物を見てみると、『同じものの違う一面を見つける』とか、

『距離感を別の角度で把握してみる』とか、そういう言い方を肌で感じるような気がした。


結構ボンヤリ考え事をしてたと思うが、大隊長は俺を急かしたりせず、

下でじっと見守りながら待ってくれていた。

いきます、と合図を送ると、改めて俺に炎をくれる。

一般消防士が使う避難用の滑り台をイメージして精製し終えると、流石にどっと疲労が襲ってきた。


「よし、いいぞ。カリム、今、身長と体重は?」

「え?…えーと…確か、172の、64です」

「よし。大体一般的な男性の体格だな。そのサイズの人間がちゃんと滑り終えられるか、試しなさい」

「え?あ、はい…」

なんか、もうすぐ15にもなろうって野郎が独りで滑り台とか、すごく恥ずかしい気がするんだが…。

大隊長、小さいガキが公園で滑るのを見守る親みたいな顔でこっち見てるし…。

仕方なく、階段とは逆の面に作った滑り台を滑り降りる。

う、氷なんだから当たり前だけど、ケツが冷たくて冷てェ。でも、強度に問題はなさそうだ。


「どれ、私も滑ってみるか」

「えっ!?」

「私は91キロあるからな。

 身体が大きかったり肥満症だったり、子供を抱えた親が滑ることも計算に入れなくてはな」

…うん、まあ、そうなんだけど。

そうあまりに堂々とされると、照れてるこっちが恥ずかしくなってきちまう。


「…うむ。変に表面がボコボコしていないし、なかなか滑りやすかったな。

 欲を言えば、滑り台の壁面のところをもう少し高くした方がいいかな。

 子供だとかが勢い余って途中で横から転がり落ちてしまうと大変だからな。

 あと、ただでさえ氷なのでツルツル滑るから、角度が急すぎるとスピードが出て、一般市民には危ないかもな」

「そ、そうか。すみません、次は気をつけます」

大隊長は滑り台ひとつにもクソ真面目だ。

変なこと考えてた自分を反省しながら、コートの隅に避けといた鞄から、メモ帳を取り出そうとして…


「あっれー!?なにこれ、雪祭りだ!?」

ふと気がつくと、いつのまにか、コートの外にギャラリーが沸いていた。

ゲッ、気まずい…。オニャンゴ中隊長のところの人だ。

俺のこと、『雪の女王』とかフザケたクソみてェなあだ名で呼んでくる2人組。

今日は他の友人も連れてて、4人組だけど。

よりにもよって一人の時に、会いたくない奴らに会っちまったな…。


「今、避難用の器具を作る訓練をさせているんだ。別に遊びじゃないんだぞ?」

「あっ、バーンズ大隊長!こんにちは、ラートム!」

「「「ラートム」」」

「ラートム」

別に呼んでもないのに、勝手にコートの中に入ってきやがる先輩達。

「じょ…カリムクン、今日は、リィ神父達いないのか?」

…じょ?まだ女王とか呼ぼうとした?でも、今日はやめた?

フォイェンが何か言ったかな。


「今日はおいてけぼりだそうだ。

 仲良しのフォイェンとレッカが、二人仲良くカリムの誕生日プレゼントを買いに行ってしまってな」

「バーンズ大隊長!!」

何でそんなフォイェンみたいな意地悪言うんだよ!?

大隊長の袖をぐいぐい引っ張ってると、目をキラキラさせた先輩達に取り囲まれてしまった。


「そっか、お前、冬生まれって言ってたもんな!そろそろ誕生日なのか」

「お〜、オメデトー」

「おめ〜!!」

「幾つになるの?飛び級なんだっけ?」

「…っ…」

4対1の圧にすっかり参ってると、バーンズ大隊長が苦笑しながら助け舟を出してくれた。


「ほら、お前達。後輩を困らせないように」

「ハイっ!申し訳ありません!!」

「でも、俺達も後輩にかまいたいです!!」

「で、なに、誕生日っていつ!?」

「なあなあ、ヒマなら話そうよ!

 俺、前からこいつらから君の話聞いててさあ、いっぺん会ってみたかったんだよな!」

「ば、バーンズ大隊長!!」

思わず大隊長に助けを求めてしまうが、大隊長は「ふむ…」と何か考えたのち、ふっと笑った。

え、何それ。嫌な変な予感しかしねえ。


「たまにはレッカやフォイェン以外の人間と遊んでみてもいいんじゃないか、カリム。

 どうせ今日は暇なんだろう?」

「ひ、ヒマじゃないです!!」

「何を言ってるんだ。暇だから、こうして私に甘えてきたんだろう?」

「甘っ…!?ちが、俺は、」

「大隊長!!ありがとうございます!!」

「大丈夫だよ、お兄さん達、食べないよ!コーヒーおごるからおいで!」

「」

あれよあれよと屈強な男達に手首を掴まれ、肩を抱かれ、囲まれて引きずってかれる。

こんちくしょう。大隊長、手振ってないで助けてくださいよ…!


「俺、野坂ね、野坂。入隊までに名前覚えてね!」

「あー、俺松田。こっちが矢代で、こっちがツァイな」

「いいです、覚える気ないんで」

「何でー!?いいじゃん、先輩だぞ俺ら!?覚えてよ!!」

「第1に配属されなかったら、覚えたってムダじゃないですか…」

「でもどうせ第1に来るんでしょ?ほらほら、リィさんだけじゃなくて、俺達も第1案内してあげるからさあ!」

まあ、来たいけどさ、第1。

来たら来たでこの人達にまた絡まれるのかと思うと、なんかもう面倒で面倒くさいな。

…あークソ、もう、どうにでもなれ……。ヤケクソな俺は、バ…先輩集団にズルズル引きずられていった。




「へえ、じゃあサイモン先生、まだあのクセ現役なんだ!?スゲーなあ!」

フォイェンの3つ後輩の同期だという4人の先輩は、食堂に俺を引っ張ってきて、目立ちにくい隅の席に陣取った。

野坂とかいう人はずっと俺の横にべったりくっついてて、松田とかいう人が皆に飲み物を買ってきて配ってくれる。

…一見、この声と押しが強い野坂とかいう人がリーダーみたいに見えるけど、

実際はこの松田とかいう人が大黒柱なんだろうな。


受け取ったタンブラーのコーヒーは、かなり熱くて濃くて苦い。

いや、ブラック飲めなくねェけど。断じてねェけど。でも、この濃さはかなりのものだ。あと俺は猫舌だ。

「あ、悪い、うちの食堂のコーヒー、濃かったかな。夜勤とかある人もいるから、濃いんだよね、そういや。

 慣れちゃっててっすっかり忘れてたわ。カフェオレ飲める?ミルクで割ってもらってくるよ」

そう言って、松田とかいう人が俺の手からタンブラーを取り上げる。

…顔に出てたかな。

どうせ熱くてしばらく飲めないし、何か言うのも面倒で面倒だし、とりあえず頷いておく。


「今も昔も、あの学校ってそんな変わりないんだ?」

「…あァ、そういや、食堂のメニューは結構変わってたらしいですけど…。フォイェンが驚いてました」

「へえ!?例えば!?」

「朝の卵が3種類から選べたりするのが、自分の時は全部日替わりで選ぶ余地もなかったとか…そういうの」

「へえ!?目玉焼きとスクランブルとゆでたまご、とか?」

「俺達の時も選べなかったよなあ。あ、でも、芝は選べたようなこと言ってたなあ…」

「じゃあその辺の代から切り替わったのかもなあ〜」

…どうでもいいけど、この人達、やたら学校のこと聞きたがるな。

以前のオニャンゴ中隊長みたいに、俺が能力とかの話は嫌だろうって気を遣ってるのかな。

単に俺と共通の話題がそれしかなさそうって思われてるのかもしれねェが。

話題がないなら無理にお喋りしようとか言わなくていいのに。

レッカみたいな明るくて明朗でお喋り好きな奴ならともかく、俺と喋ったって、

何も面白いことなんかねェだろうが。


「なあ、君は普通の中学校から来たんだっけ?」

「ああ、はい…。公立の」

「学ラン!?ブレザー!?俺ら、ずっとローブだったからさあ。そういうの憧れてたなあ〜」

女子じゃあるまいし、何で学生服の話で盛り上がらなければならねェのか。

ああ、レッカ、フォイェン…。今ほどお前らの不在がこんなにしんどいことはねェ。

「そういやカリム君、黒好き?この前も今日も黒い服だよね?」

松田とかいう人が話題をコントロールした。

…この人、さっきからさりげなく俺の反応窺ってるよなあ。

フォイェンも人の顔色窺うタイプだけど、この人はもうちょっとドライな、一歩退いた目を持ってるというか。

客人の俺に無理やり踏み込むことはせずに、仲間の盛り上がりにも水を差さない、

そういう絶妙なラインを図ってる雰囲気だ。

多分、この場はこの人に任せれば、上手くしのげそうな気がする。

大した内容じゃないその話題に、ちょっと乗ってみよう。


「…白黒はっきりしたのは好きです。色も」

「そう。はい、カフェオレ。飲み頃だよ」

ミルクで割られて十分に冷まされた、それ。ついでにシロップも加えられている。

ここまでいたれりつくせりされると、正直若干気味が悪い。

…そういや昔、俺も指摘されたことがあったっけ。

「何でそんなこと知ってるの!?キモチワルイ!」みたいなの。

そんなのなんとなく目に入ったそいつのクセを、なんかポンッと覚えてたから言っただけなのに、

ストーカーみたいだのなんだの、えらくギャアギャア騒がれて…。

そいつに気なんてカケラもねェし、そんなじっくりジロジロそいつのこと調べたりなんかしてねェっつのに。


「そんなジロジロ見ないでよ。顔に穴が開いちゃうぜ?」

「んっ?…え、ハァ!?」

考えてたことと同じようなことを松田とかいう人に指摘されて、思わずコーヒーをこぼしかける。

「クセなのかな。別に俺達のことだけじゃなくてさ、ついモノ観察するクセあるでしょ、君。

 …その様子だと、無意識なのかな?」

「え…はァ?」

クセ?口癖というかリピート癖はあるって言われるけど、そんなんあるのか、俺?

思わずすぐ隣の野坂とかいう人を見上げるが、彼も他の面子も、うんうんと頷いている。

「んー、多分生粋の司令塔気質なのかねえ。

 とりあえずその場にあるモンとか状況を把握しようとするクセ?

 キミ、よく目つき悪いとかガンつけてくるとか言われるんじゃない?

 ついモノを『ただ見る』じゃなくて『よく観て考える』クセがあるから、

 いつも睨んでるとか機嫌悪いように見えるっつー感じ?」

いや、確かに目つき悪いとか馬鹿にしてんのとかは言われるけど…。

司令塔気質なんて…そんな風に言われたことは、今までなかった。


「松田なんか、やろうとしてやってるタイプだけどさ。

 それを無意識に出来ちゃうってのは、もう才能だよな。消防官としての」

「能力も後衛職なら、気質も後衛職か。そりゃ『アタリ』だよなあ…」

「……」

あんなバ…落ち着きのない集団だったのに、今の彼らは完全に『先輩消防官』の顔になっていた。

俺を馬鹿にしてるんじゃない、年下扱いしてるわけでもない、
                      ちから
ただ一人の『消防官候補』としての俺の能力を見ている顔。


「キミさあ、学校でもなんかいいこと悪いこと色々言われるでしょ。

 優等生だし、バーンズ大隊長に構われてるし。大丈夫?悩みとかない?」

…さっき学校のこと色々聞いてたのって、この伏線かな。

…とか考えてるのも、また観察癖とかなんとか思われそうでなんか嫌だ。

面倒だから、適当に、ざっくりした言葉を投げておく。

「…別に。いいですよ、嫌われ者で。悩む時間も勿体ない」

そう言い捨てれば、あー…という悲しい声が幾つも降ってきた。

「カリムく〜ん。そういうの、ナシにしようや。あのお友達も悲しむぜ?」

「そのオトモダチがいるから、どうでもいい他の奴になんか嫌われてもいいんですよ」

「あらやだ!メッチャいい子!!何でみんな、こんないい子のこと嫌うのかしら!!」

何でオネエっぽいんだ、この野坂って人。抱きつくのまじでやめろ。


もうなんか色々面倒になってきて、もうなげやりにぶっちゃけた。

「…仕方ないですよ。俺、ドロボーだもん」

「へっ?ドロボー??」

「何それ?まさかお前、前科が…」

「枠ドロボー。卒業後の就職先。みんな本音は第1来たいでしょうが」

なんか変な誤解を受ける言い方をしてしまったので、とりつくろっとく。

“?”をいっぱい浮かべてた先輩達が、ああ…とため息をついた。


「まあ、お前さんは第1確定だろうからねえ…」

「君がいなけりゃ、俺達にもチャンスがあったのに、これじゃやる気もなくすわあ〜って感じか。

 しかも、大隊長とか先生とか、みんな君をちやほやするし。そら面白くはないわなあ」

「だからって、この子に当たるのはおかしくねえ!?」

野坂とかいう人が俺の両肩を掴んでガックンガックン揺すってくる。クソ、レッカみてえでうっとおしい。


「…クラスの奴らだって、去年から、人によっちゃその前から、ずっとそのつもりで鍛えてきてんですよ。

 レッカの背中を見て、クラスの奴らみんな、『一枠目はこいつのもんなんだな』ってずっと思ってて。

 それでも、もう一枠二枠には自分が入れたらって思って、歯ア食いしばってたんだろうし…。

 俺が怒れる立場じゃないですよね」

うちのクラスは、俺を入れて11人。

フォイェンはそもそも第1で働いてる人間なので、勘定に入れない。

俺が通ってた中学校の感覚だとすごく少ないが、能力者は無能力者より少ないんだから、まあこんなもんなんだろう。

現在、特殊消防隊は7隊。

うち、浅草は独立したシステムをとっているため、卒業後の配属先として上がるのは6隊。

特に聖職者が足りないという隊があれば別だが、大体1隊あたり2人程度が配属される計算だ。

つまり、レッカという絶対王者がいる状態で贔屓野郎の俺が入った時点で、

他の奴らの『第1で働きたい』という願望は、ほぼほぼ潰えてしまったようなもんだった。

その絶望を生んだのは、俺。

それでも結局第1に入りたいとか都合のいいこと言ってんのも、俺。


「え?え?でも、そんなん仕方ないことじゃん。

 嫌なら実力で枠とりゃいいんだし、とれないなら諦めて前向きに次にいかなきゃな!」

「…それが出来ないのが子供の世界でしょうよ。

 大丈夫ですよ、イヤミ言われるくらいだし。

 腕っ節っていうか能力はこっちの方が強いし、レッカもいるんで手は出してこない」

「いーや!イジメはダメだ!子供だろうが、大人だろうが、程度が云々関係なくダメ!!

 お前さんも、言い返していいんだよ。怒れる立場じゃないとか、そんなん違うからな!?」

俺の肩をガッチリ抱いてなんか入っちゃってる野坂とかいう人が、唾を飛ばしながら熱弁する。やめてくれ。

袖で顔を拭っていると、静かに場を見守っていた松田という人が、口を開いた。


「…悪いけど、俺だったらその状況でレッカ君はとらないなあ。

 結局君を一番にとって、余ったらレッカ君、その他って感じじゃないかな。

 正直、妬かれる対象は君じゃないよね。

 レッカ君よりいじめやすいから、反撃してこないから、君に当たってるだけだ」

「は…?」

なんでそうなる。

レッカは俺が入る前からずっといて、実力も人望もあって、誰もが第1に入って当然と思ってる奴なのに。

こいつはレッカをよく知らないからそんなこと言うんだろうか。

何の得にもならないのに、俺に媚を売るつもりなのだろうか。


「…ダチだから怒るわけじゃねェけど、レッカはすげェ奴ですよ。馬鹿にしないでください」

「馬鹿にはしてないよ。単純に、『仕事』の場の話として、第1にふさわしいのは君だと思うだけ」

一口コーヒーを飲んでから、松田さんが話を続ける。


「…ねえ、第1にはどれだけの神父とシスターがいると思う?」

「…え…そりゃ、第1は聖陽教会のもとにある隊だから、

 神父やシスターの資格が取れてないと入れないんじゃ…。

 現場で身体張る消防官でも、神学校を出て資格を持ってることは最低条件ですよね?」

「じゃあ、能力持ちの神父・シスターとそうじゃない神父・シスターの割合は?」

そりゃあ第1以外の他の隊と比べれば、確実に多いはずだ。

他の隊なら聖職者は出動チームに一人二人いれば十分だと思うけど、

第1は教会としての役割が大きいから、無能力者でも裏方としての働き口がとても多い。

無能力の学生は半数くらいは地方の普通の教会に配属されたりするらしいが、

やっぱり神父やシスターやるからには、みんな事務でも雑用でもなんでもいいから

第1特殊消防隊で働きたいなと思うらしい。

…ってフォイェンが言ってた。俺に無能力者の同級生のマトモな知り合いはいない。


「リィさんを見てる君なら分かると思うけどさ。シスターや神父はさ、無能力でもなれるんだよ。

 無能力で、才能がなくて、それでもどうしても後始末専門の普通の消防士じゃなくて、

 特殊消防隊の一員として、最前線の現場で働きたい。そういう人が選べる手段が『神父』なんだよ。

 もちろん、身寄りがなくてそのまま孤児院から修道院に入るような人や、

 優秀すぎて普通の消防士や軍人からスカウトされて消防官になる人もいるけどさ」

松田さんが続ける。

「でも、そういう人は現場に行ったって、結局祈りや避難誘導くらいのことしか出来ない。

 戦う能力はない。炎の耐性がないから身体を張って人を守ることも難しい。

 祈りをする時無防備になって、他の隊員に迷惑をかけてしまうかもしれない。厳しい言い方だけど、ね」

「――はい…」

「でも、その『自分にできる精一杯』を、懸命にやろうとする人達なんだよな。

 俺達能力者は、そりゃあそれに応えたいって思うよ?
     おれら
 でもさ、能力者側も、市民を守るのに精いっぱいなのに、お前らまで守りきれないよって思っちまうこともある。

 それに対して、彼らは足引っ張って申し訳ないって辛い思いをしてしまうこともある。…悲しいことだけどね」

ちょっとふざけたように言ってくるけど、真剣に『先輩』として話してくれてるのが分かる。

「君の能力は、市民だけじゃない、そんな神父やシスターのことも守ってやれるわけだろ?

 焔ビトを倒すだけだったら、乱暴な言い方になるけど、訓練受けてりゃ誰だって出来るんだよ。

 能力の有無や強弱関係なく、だ。

 ――でも、君は『強くて』『防御に役立つ』能力を、『周囲のことに素早く気付ける観察眼』を、

 折角持って生まれてきた。

 その『誰だって』に上乗せした働きが、頑張れば出来るわけだ。

 有効活用しなきゃ、君が勿体ないじゃないか」


『有効活用』。『勿体ない』。――そんな風に考えたことなんてなかった。

俺はただ、あの時の償いをしなきゃいけないだけ。そのために神父になりたいだけだ。

この人達が目指すような慈悲深い『神父』になりたいだなんて思ってもいないのに、その分際でここにいる。

あまつさえ、そういうものを目指して努力している奴らの希望の芽を摘んでいる。俺はそういう奴だ。

そんな消極的な理由で戦ってるやつが『勿体ない』って…。

そりゃ、違う意味で勿体ない言葉なんじゃないだろうか。


「君の『守り』の能力は、自力で戦えない人の多いこの第1にこそ必要なものだよ。

 それを神は与えてくださった。

 それが分かるようなあんな試練を起こして、君をこの道へ引きずり込んだ。

 …それは、君にとってはとても辛いことだったかもしれない。

 でも、君にとって、今後君に助けられる人々にとって、必要な道だった。

 ――そう考えることは難しいかな?」


神…か。

この前レッカにも聞かれたっけ。

神を信じるか。今の俺は以前の俺より神を信じられるか。

俺の親は普通に両方役所の人間で、現実的というか堅実なものを好むような堅苦しい人間で、

ウチは昔からあんまり神への信仰なんてものに熱心じゃない家だった。

身の回りに能力者なんて全然いなかったし、『能力者』がいるってことは頭では知ってたけど、

自分にはあんまり関係ない世界だと思ってた。

自分には関係ないけど、みんながやるし、一般常識や礼儀として、大した信心もこもってない祈りを捧げてた。


それがどうだ。

気がついたら、火が消せる?氷が作れる??エリート学校に入学しろ??

何がどうなってるのか、押し寄せる情報が多すぎて、もうさっぱり分からない。

でも、償いをするために必要なこととして神父への道があるなら、ただそれを必死で辿る。

言われたことを懸命にこなす。

それが今までロクに信仰をしてこなかった俺にとっての試練ってことなんだろうか。


「おい松田〜〜!ふざけんなよ、カリム君考え込んじゃったじゃん!?」

「悪い悪い。あーあー、なんか説教みたいになっちゃったね。

 でもさ、俺が言いたいのは、君がこの道に来るのは、『贔屓』なんかじゃないってこと。

 君は『選ばれた』…というより、『任されてる』んだよ、第1の今後を。得意な『守りの仕事』を。

 ちょっと他の普通の子よりフライング気味だったかもしれないけどね」

「『任されてる』…」

「そ。仕事の一環よ、あくまで。

 『仕事』として、『役目』として、『君が出来ること』を組織が任せようとしてるだけ。

 『エリートだから、優秀と認められたから』第1に入れるんじゃない、

 『第1で仕事して欲しいから』君は第1に入れられるの。

 その『第1での仕事』が出来そうにないなら、そいつは当然出来そうなことがある他の隊に行くの。

 実力と得意分野に応じて仕事割り振ってるだけなのに、そこに贔屓も引け目も関係ないよね?

 それで君にヤツ当たるのは、やっぱ違うってことだよ。ね?」

俺と親しいからくる気遣いとかじゃなくて。大隊長とかに関する媚とかそんなんでもなくて。

『第1においてごく普通な消防官』である人達の、単純に『仕事の先輩』としての言葉。

それが俺の同級生に対する負い目みたいなのに、するする染み渡っていく。


「…なんてね。偉そうなこと言っちゃって、気に障ったんならごめんね?」

「…いえ。なんか…目から鱗でした」

「だろだろ!?

 も〜、カリム君、真面目だからさあ!そんな自分のこと悪く悪く言わなくていいんだからな!?

 俺ら、ちゃ〜んと君が一生懸命やってるって分かってるからさ!応援してっから!!」

いや、いいこと言ったのは松田さんだろ。

いいかげん肩放してくれねェかな、この野坂って人。


「あー、そうそう。前から言いたかったんだけどさ!」

「なんですか…」

もうどうにでもなれ、となげやりに返事してやる。

「カリムんって呼んでいい!?」

「嫌です」

イヤ、変なあだ名増やすなよ。雪の女王とどっこいどっこいだぞ、そのセンス。


「即答すんなよ!!

 いやあ、年頃の男の子に『女王』はないだろって、リィ神父からも言われちゃってさあ。

 カリムんとカリムっち、どっちがいい!?」

「両方嫌です」

「じゃあ、『女王』になるけど」

いや、まずそのあだ名を付けるとこをやめろって言ってるんだよ。

「ねえねえ、野坂はネーミングセンス酷いから、多分カリムんがいちばんマシだよー?」

「普通にフラムでお願いします」

「なんだよ、つれねーなあ!!いいよ、勝手にカリムんて呼ぶからな!!」

なんでどうしてこっちが悪いみたいになってるんだ、チクショウ。


「カリムん!!さあ、俺の愛を受け取れい!!」

「っ!」

両手を掴まれて、開かされて。そこにバラバラと数種類のポケット菓子が落とされた。

「はい、おたおめ!!

 …悪いね、今、それしかなくってさあ。

 でも、よくオニャンゴ中隊長が君の分のお菓子用意してるし、甘いの好きっしょ?」

「あー、じゃあ、俺も。はい、ブラック○ンダー!」

「おまっ、ポケットからチョコ出すなよ!絶対溶けてるじゃん!?カリム君、こっちにしなよ」

「いや、高校生に酢昆布はねえわ…。溶けたチョコのがまだマシだろ」

「なんだと!?」

どうでもいい争いが目の前で繰り広げられる。そしてボリュームがでかくてでかい。レッカ並みだ。


「カリム君、酢昆布食べたことある!?」

「…ないです」

「じゃあ、ハイ!美味いか不味いか食ってみて!」

「知りません」

「大丈夫、ちゃんと美味いから!ハイッ!なあ、ほら!口開けろって!」

「知りません」

「カリムく〜〜〜んっ」

正直、後半はもうわざとだった。

この人達に悪意がないことは、もう十分わかったから。

つい口がにやけてしまって、それがばれた周囲の先輩達がケラケラ笑う。


「さあて、そろそろいい時間だし、バーンズ大隊長待ってるだろうから、帰るか!」

俺と他の先輩達のわちゃわちゃを見守ってた松田さんが、俺のジャケットやズボンのポケットに

お菓子を詰めるのを手伝ってくれる。

「気をつけて帰ってね。

 まあ、バーンズ大隊長が送ってくれるんなら気をつけても何もないだろうけど」

「また来るよね、カリムん。

 土曜日、よくこっち来てるんだって?俺ら見かけたら、ガンガン話しかけてよ。

 こっちも見つけたらすぐに声かけるし!」

「あーっ、それ、俺がつけたあだ名だぞ!?」

「野坂さんうるさいです」

「あーっ!!名前、覚えてくれた!!」

「うるさいってよ、野坂さん」

「うるせえぞ、野坂さん」

「怒られてんだよ野坂さん」

「お前らが野坂さんって呼ぶな!!」

神父にあるまじきうるささで、先輩達は俺を待ち合わせ場所の正門の近くまで送ってくれた。




正門前に着くと、バーンズ大隊長が車に俺の荷物を積んで待っていてくれていた。

「…どうだ?別に、とって食われるようなことはなかっただろう?」

俺のボコボコに膨らんだポケットを見て、はははと大隊長が笑う。

「数ヵ月後には、お前もあいつらと一緒の寮で暮らすんだから、今のうちに慣れときなさい」

「…決まったわけじゃないでしょう」
                                ・・
「お前が神父になることを投げ出したりしない限りは、そうなると思うぞ」

俺を試すように、大隊長が俺の顔をまっすぐ見ながら言う。


「…一つ聞いてもいいですか?」

「幾つでも」

「俺とレッカ、どっちか一人しか第1に入隊できないとしたら、『仲間を守れる』俺の方を採りますか?」

「ああ、そうだな」

何の迷いもなく、間髪いれず大隊長が答えた。…こっちは何も言えなくなってしまう。

「…その話題を持ち出すということは、あいつらにも言われたんだろう?

 我々消防官は、市民を守りたい。でも、それ以前に、仲間も守りたい。

 『敵を倒す』だけだったら、今いる他の職員にだって出来るんだし、そりゃあお前を採るさ」

「……」

「嫌か?人格などを無視して、『能力』をこれほどまでに評価されるのは」

大隊長は俺の目から視線を外さない。


「…はいかいいえで言ったら、『いいえ』です。

 俺は、自分にこんな能力があるなんて、今までずっと知らずにいました。

 知った時は本当に寝耳に水で、こんな心持の奴が、本気で何年も前から神父になりたくて

 準備してた奴を押しのけて神父になっていいのか、今でも分からないです。――でも」

「でも?」

「『俺』を頼ってもらえるのは、『俺』としてやれることを示してもらえるのは、シンプルに嬉しいから」

はっはっは、と大隊長が豪快に笑った。

「そうだな。お前の場合、あんまりゴチャゴチャ考えない方がいいと思うぞ。

 目の前の問題に全力に、シンプルに。レッカが得意なやつだな」

「…あそこまでバカにはなりたくないです」

「じゃあ、ほどほどにだな」

大隊長が車を発車させる。


「慣れない連中と沢山喋って疲れただろう?寝てもいいぞ」

誰のせいで慣れない連中と沢山喋ったんでしょうか、とは言わないでおく。

「…そうします」

正直に目をつぶって、大隊長の車のBGMのクラシックに耳を傾ける。

俺の好みに合わせてくれたのか、金管バージョンの聖アントニーのコラール。

柔らかいけど張りのある管楽器の音が、染みていった。





『こんな…普通の子供が?親父の鎮魂を…?』

もうやめてくれ。その先を、俺は、

『そんな…神父様が鎮魂してくださったんじゃないんですか!?

 こんな、祈りの言葉も知らないようなただの子供に殺されて、親父は本当に加護を得られたのですか!?

 本当に安らかに天に召されたのですか!?』

「―――ッ!!!」

心臓が、痛い。全身汗で気持ち悪い。

ああ、まるで神様が釘を刺しにきたみたいなタイミングで、こんな夢を見ちまった。


――わかってるよ。ちゃんとわかっています。

俺は人殺しだ。

ただただ夢中で、ただただ怖くて、ただただ自分が助かりたくて、

何の鎮魂の気持ちも込めずに、ただただあの焔ビトの息の根を止めた。

『鎮魂』?『正当防衛』?『悪意のない事故』?

皆は口々に俺に罪はない、大丈夫と言ってくれたけど、遺族のあの言葉は、本当にそのとおりだと思ったんだ。

ごく『普通』の学校に通って、ごく『普通』の生活をして。

祈りなんて、皆がやるから、それに合わせてなんとなくやって。

そんな奴のビビリのせいで、あの焔ビトは満足に鎮魂されずに『死んだ』んだよ。


せめて、最後の一撃だけでも、神父や隊員が手を下すことは出来たんだ。

そうしたら、あの遺族の人だって納得出来たんだ。

それを待たずに手を出したのが、俺。この事実はもう変えようがない。

それはちゃんとわかってる。わかってるから。わかってますから。

だからもう、繰り返さないで。わかってるからもうやめてください。


――なんだか胸が肩や手足が、急激に熱を失っていくのを感じる。

まずい、また身体冷やして動けなくなるかもしれねェ。

食堂は閉まってるけど、自販機でちょっと温かいものか何か買ってきた方がいいかもしれねェ。

急いでスウェットの上にフリースを羽織って、財布を引っつかんで廊下に出ようとする。

――すると。

俺の部屋の扉の横、ネームプレートの下のところに、ラッピングされた包みが置いてあるのが目に入った。

『ハッピーバースデイ』と書かれたカードが貼り付けてある、包装紙の違う二つの包み。

いや、正確には片方は『HAPPAI BARSDAY』って書かれてたんだけど。

あいつ、ちゃんと卒業できんのかな。猛烈に不安になってきた。

多分、俺が寝静まったと思われる頃に、フォイェンの分も預かってたレッカがこれらをここに置いたんだろう。

包みを回収して、一旦部屋に戻る。


とりあえず、レッカの中身は予想がつくので、フォイェンのものから開けてみる。

中身は『読書が好き』と言ってたフォイェンらしく、オススメらしい小説一冊と、

某洋楽バンドのスコアブックが一冊入っていた。

ピアノバージョンと吹奏楽バージョンが両方収録されている。

これは、暇ができたらちょっと演奏してみたい。


手紙も一緒に入っていて、誕生日自体は来週だが、オニャンゴ中隊長がもう俺にプレゼントを渡しているので

自分達も早く渡したくなってしまったこと、来週の土曜日にはまた第1に行って、バーンズ大隊長にケーキを

奢ってもらおうということが書いてあった。

あと、なんか長々とフォイェン(と俺)のことが書かれてたけど、

読んでたら朝になりそうだから、後にしようと思う。


レッカの方は、前言ってたヘッドフォンだ。

全体的に白くて、耳のところに聖陽十字が入っている。

白は好きだし、これから神父を目指す身としては、なんかこういう十字架を胸以外にも身につけてると、

引き締まる感じがしていいと思う。

気がついたら、いつの間にか寒気は収まっていた。

フリースの前を閉めて、そのままそのままのままベッドに横たわる。


――こんなにいい思いしていいのかな、俺が。

まだまだ神父の修行も不十分で、人に優しくするのもされるのも苦手で。

フォイェンとかオニャンゴ中隊長みたいな『ザ・神父』みたいな人を見るたび、

自分がこんなんになれるのかって不安は大きくなって。


――でも、能力だけは。

能力だけは、お世辞じゃなくて、本当に『仲間を守れる能力だ』って言ってもらえるから。

そうみんなが言ってくれるなら、俺はそれを信じよう。
じぶん
俺のことを信じられなくても、俺が神父になるためにすがるこの杖を、強いものだと信じよう。

この能力をちゃんと生かして働くことが、あの焔ビトのためになる。あの命は無駄にならない。


大丈夫、俺は立てる。自分のこの足で。自分の力で。

絶対神父になる。自分でそう決めたんだから、そこは頑張らないと。

両頬をバシンと叩いて気合を入れる。

起床時間にはまだ全然早い。

俺はプレゼントをベッドボードの上に置いて、毛布に包まり直した。



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