ある夕の風景〜by 欧鵬〜



 『何が気に食わねえ?』って?

 そんなん、『全部』としか言いようがねえよ。

 あんなヒョロっちいクセに、このオレをぶちのめして、こんなシケた山に押し込みやがったことも。

 リベンジしようにも、いつもうるせぇお付きの連中に邪魔されることも。

 それ以上に、オレなんか目じゃねえとでも言うように、いつもバトる気ゼロなことも。

 とにかく!アイツにゃ山のよ〜〜うに不満があるんだ。



 「だから、放せっつの馬麟ーー!!」

 「却下だ。今日のお前の仕事は、この納屋でイモムシみてえに大人しく転がってることだ。
 じゃあ、俺は蒋敬と打ち合わせがあるんでな」

 「オイ、コラテメッ…」

 意地の悪い笑い方をしながら、さっさと小屋を出て行く馬麟。

 「蒋敬ー!こっちはOKだ」

 「ありがとうございます。じゃあ、後はバカ旦那たちの到着を待つばかりですね」

 窓の隙間から、馬麟たちの声が漏れてくる。

 クソッ、いつもオレをハブりやがって…。リーダーはオレなんだぞ?

 ソイツを来客の際に簀巻きにしてボロ小屋に転がしとくとか、絶対おかしいだろーが。


 …程なくして、外がざわついてきた。どうやら『ヤツら』が到着したようだ。

 こうしちゃいられねえぞ、オイ!

 まずは、このロープだ。コレを切らなきゃ始まらねえ。


 改めて、納屋の中を見回す。

 陶宗旺の農具。蒋敬がいつもしかめっつらでつけてる帳簿の山。

 作りかけの竹細工は馬麟のモンだな。新しい笛作りたいとかなんとか言ってた気がする。

 オレの槍は――よしよし、戸のすぐ横に立てかけてあるな。


 ふん、と全身に力を込めて、戸の側までゴロゴロ転がっていく。

 槍に足を引っ掛けて、ちょいと蹴飛ばした。

 ガランガランと音を立てて転がる槍。

 ちょいと危険ではあるが、穂先にのしかかって、身体を強めにこすりつけた。

 昼に研いだばかりの刃が、じりじりと太目のロープを削っていく。

 …ふっふっふ。馬麟のヤツめ、オレの器用さを甘く見たな。

 横着してオレの近くに刃物を置き去りにしたのが、テメーのミスだ。


 「…よし、じゃあこんなもんでどうだ?悪かねえだろ?」

 相変わらず、窓からはヤツらのちまちました取引が行われている。この声は穆弘のヤローだな。

 「ええ、結構ですよ。では、今度は私たちが買う番ですね」

 「ハーイ、今日はこんだけあるよー!」

 「今回はなぁんと!このお値段でご奉仕しちゃいます☆今がお買い得だぜ、お客サン!」

 このフザケた声は双子だな。オレにゃどっちがどっちだが分かんねーけどよ。

 ジョリ、ジョリと、身体をこすりつけ続けると、ようやくロープが半分近くまで切れてきた。

 畜生。馬麟のヤツ、こんな丈夫なロープ使いやがって…。じれってえったらねえよ。

 
 「…布地と、あとロープだろ。それと調味料……ん?塩、だいぶ安くねえか?」 

 「ああ。ちょいとばかり『工夫』を…ね」

 馬麟の質問に、憎きライバルのインギンブレーな声が返ってきた。

 俄然やる気の出てきたオレは、身体を動かすペースを早める。一刻も早く、このロープ切んねーと…!

 「なになにー?いい買い付け相手見つけたのお?」

 「それとも、まさか密売でも?」 

 蒋敬は冗談として言ったらしいが、ヤツの反応は蒋敬たちの意にそぐわないものだったらしい。


 「…はあ!?えぇ!?本気なんですか!?」

 「うわあ、ダンナ、度胸あるね〜!?」

 「仕方ないでしょう、税がかかりすぎるんですから。今のままじゃやってけないですもん」

 バカ旦那がしれっと答える。

 「大体、この辺りで役人が何してるって言うんです。治安の方は弘たちが怖くて放りっぱなしで、
 そのクセ税ばかり持っていって…。そんな役立たずを養うためのカネなんて、びた一文払いたくありませんね」

 まあ、その点に関しては同感だな。

 しかし、それで密売に踏み切るとは、流石はオレのライバルってトコだろうか?

 「…ってなワケで。あんたらにもお情けで、お安〜く、おすそ分けしてやってもいいですよ?」

 「ふふふふふ。一発殴っていいですか?」

 蒋敬のデコに青筋が浮かんでいるのが目に見えるようだ。


 ……っと!

 よーし、ロープが切れたぞ。

 馬麟のヤツめ、よくも赤く跡が残るほどキツく縛ってくれやがったな…。

 だが、まあそれは後だ。アイツになら、いつでもケンカは売れる。

 今は、バカ旦那をぎゃふんと言わせるのが先決だ。


 声の漏れてくる窓を小さく開けて、そろっと外の様子を探る。

 …ゴチャゴチャと色々なものを乗せた荷車が数台。

 その周りに、馬麟たちや手下共、それにバカ旦那たちが集まって、何やらやらかしている。

 バカ旦那の今日の連れは……おおっ、穆弘のヤローと双子と、後はザコだけじゃねえか!

 狂犬張横がいねえ分、分がいいと見た。


 「ねえねえダンナっ!もうひと声!一の位だけでいいから、オマケしてよぉ〜」

 「何だよ陶宗旺。これでも随分オマケしてやってるじゃねえかよ」

 「でもでも穆弘!大変なんだよ、欧鵬の面倒見るのはぁ。オイラたちの仲じゃんっ!ね!!」

 陶宗旺、テメー懐いてんじゃねえぞ。


 …まあ、それは置いといて、だ。

 物音を立てないように、目立たないように、そっと小屋を抜け出す。 

 物々交換に夢中になってるヤツらは、まだオレの存在に気付かない。

 …よおし、後は機会を窺って飛び出すのみ!


 「だらっしゃあーーー!!」

 オレの得意技である、突進からの三段突き。イノシシくらいならあっさり仕留められる必殺技だ。

 「ゲッ…」

 視界の端に、一瞬だけ馬麟が顔を引きつらすのが見えた。


 瞬間。

 バカ旦那の青い影が、フッと視界から消え失せた。

 ――上か!

 二撃目を繰り出そうとした所に、肉厚の朴刀が横合いから飛んできた。

 バカデカい影が、オレとバカ旦那の間に割って入る。

 「どけェ、穆弘!!」

 「どけるかっつの!おい馬麟、縛り付けといた云々はどうなってるんだよ!?」

 オレの槍と穆弘の朴刀。がっちり噛み合って、膠着状態になる。

 でけえ体躯に似合った腕力を持つ穆弘の刀は、なかなか崩れてこねえ。 


 「縛り付けといた件にウソはねえ!テメエ、何ナマイキに抜け出してやがんだよ!!」

 馬麟の大刀が音を立てて飛んできた。刃先がオレの鼻先を掠める。

 「うおっ!?アブネーな馬麟!テメー、相手間違ってんだろ!?」

 「まずお前が出てきた時点で間違ってるんだ!!商談のしょの字も知らねえヴァカはすっこんでろ!!」

 オイ。何度も言うが、これがリーダーに対する態度か。暴言ってレベルじゃねえぞ。


 「ああ、丁度いいわ。馬麟、そいつ押さえておいてくださいね」

 「るっせえぞバカ旦那!オレと勝負しろ!!」

 「勝負しねえの!俺たちはケンカ買いに来てるんじゃないんだって、何回言わせるんだよ!?」

 「穆弘!遠慮はいらねえ、思いっきり叩きのめしていってくれ!」

 「馬麟、テメーマジでオレに恨みでもあんのか!?」

 だーっ、もうメチャクチャじゃねえか!

 オレはただ、あのバカ旦那とガチでやり合いてえだけなのによ!

 しまいにゃ蒋敬に陶宗旺、双子まで加わって、オレを筵とロープで簀巻きにして、空になった荷車に放り込みやがって…。

 あー、畜生、悔しい!!結局、今日も何もできずに、オレは涼しい顔で去っていく奴らの後姿を見送る羽目になった。



 …『何が気に食わねえ?』って?

 そんなん、『全部』としか言いようがねえんだよ。

 オレには分かるんだぜ。テメーが隠してる、誰よりも鋭い牙。

 他のヤツらが、アイツを『妖』とか呼ぶのも分かるぜ。アイツはオレたちと根本的な部分が違う。

 …ぶつけてこいよ。かわしてんじゃねえっつの。

 テメーが内に飼ってる獣。テメーの仲間にすら隠し続けてるその獣。

 ぶつけてこいよ。オレは絶対かわさねえから。

 ガチのテメーを、全てをかけたテメーをガチで潰してえんだよ、オレはよ――…



 「…痛ってえーー!!」

 「自業自得ですよ。…もう、動かないでくださいってば」

 擦り傷だらけのオレの身体に薬を塗りこみながら、蒋敬がぼやく。

 「まったく。李立の薬はよく効く分高いんですよ?ああ、勿体ないったら…」 

 「テメーはカネの心配しかしてねえのか?」

 「陶宗旺と馬麟の心配ならしますよ」

 こいつも口が減らねえ。

 「はい、終わりですよ。では、私は夕食の支度がありますからね。
 欧鵬、ヒマならたまには陶宗旺たちの後片付けを手伝ってあげてくださいよ。
 そうしたら、ご褒美に今晩の夕食は大好きな肉料理にしてあげてもいいですよ?」

 テメー、台詞が完全にどこぞの母親だぞ。


 蒋敬の立ち去った自室で、ごろりと大の字になって寝転がる。

 「…あの時、馬麟が駆けつける前に穆弘のヤツを捌けてたらよかったんだよなー。
 そしたら、二撃目くれるくらいの余裕はあったはずなんだよなぁ」

 まあ、オレは障害があればあるほど燃えるヤツだからな。この程度で凹んだりしねーっつの!

 「よっし、まずはパワーの強化だな!」

 明確な目標を携えて、オレは槍を片手に部屋を飛び出した。


 「ちょ!?どこ行くんですか欧鵬!?アンタ手当てしたばかりでしょうが!」

 菜っ葉を山のように盛ったザルを抱えた蒋敬が、廊下の向こうから怒鳴ってくる。

 「鍛錬ついでに、イノシシかなんか採ってきてやるよ!」

 「ちょっと、もう夕刻なんですから!暗くなって迷子になっても知りませんよ!?」

 母親モードを続ける蒋敬を尻目に、オレは裏山の方角へ走り出した。

 次にヤツらが来るまで、一月。それだけありゃあ、パワーアップには十分だ。

 覚悟しとけよ、バカ旦那!

 オレは更に強くなる。絶対に、お前とガチでやり合ってやるからな!! 



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